メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

クトゥーゾフの窓から

北の島々は(5) ロシアと向き合う隣国の姿 ノルウェーの事例

白夜の季節を迎えたキルキネスでは午後11時近くに「夕日」が照っていた=ノルウェー北東部キルキネスで2019年6月4日、大前仁撮影

 大阪で6月末に開かれた主要20カ国・地域(G20)首脳会議に出席するため、プーチン露大統領が2年半ぶりに日本を訪問した。安倍政権は当初、プーチン氏訪日に合わせて、歯舞群島と色丹島の2島返還で「大筋合意」に導く方針だったが、歴史認識や安全保障問題での立場の違いを埋められず、進展がみられなかった。私は6月上旬にロシアにとって西の隣国であるノルウェーを訪れて2国間関係を取材し、日露関係が同じような進展をしうるのか考察してみた。

国境の町の親露感情

 一年で最も日の長い季節を迎え、北極圏に来ると、一日の長さの概念がずれてしまう。ノルウェー最北東端のキルキネスでは、午後11時近くになっても真っ赤な「夕日」が浮かんでいた。ここの住民の話を聞くと、地理的な距離だけではなく、心理的にもロシアと近いと感じられた。

 ノルウェーはロシアとの間で、歴史的なつながりを持つ国である。▽1820年代に帝政ロシアと境界を画定し▽第二次大戦時にナチスドイツに占領されると、ソ連によって解放された――。ロシアやソ連と国境を接しながらも、その領土に組み込まれたり、衛星国家にされたり、戦火を交わしたりしていない。

 ただし第二次大戦後、東西冷戦に突入すると、ノルウェーは米国が主導する北大西洋条約機構(NATO)に加盟した。そのため冷戦が続いた約40年間は、キルキネスの住民にとって、目の前の国境が「敵陣営」と向き合う最前線となった。それでも住民からはソ連やロシアを敵視しない声が聞かれる。年金生活者のスティグ・ヨハネセンさん(61)は兵役に就いた経験がありながらも「NATOは好きでない」と言い切る。「ノルウェーがNATOに加わったのは冷戦が始まったからだが、冷戦はとっくに終わっている」と続けた。

スティグ・ヨハネセンさんはニッケルのガソリンスタンドでディーゼル油をポリタンクに注いでいた=ロシア北西部ニッケルで2019年6月3日、大前仁撮影

 キルキネスの住民の間で親露感情が広まった背景には、2012年に始まった査証(ビザ)なし相互訪問制度がある。両国の国境から原則30キロの地域に3年以上住む人々は登録さえすれば、査証不要となったのだ。登録費用は円換算で約2450円となり、ビザ発給費用よりも安く、有効期限は3年で、満期を迎えれば再発行できる。これまでノルウェーでは約3500人、ロシアでは約7000人が利用してきた。

 ロシアは14年にウクライナ南部のクリミアを強制編入したことで欧米諸国から経済制裁を科され、ルーブル下落に見舞われた。このためノルウェー人にとって、ロシアでの買い物は割安となった。そして多くのノルウェー人がロシアの国境の町ニッケルに足を運び、ガソリンを購入したり、外食を楽しんだりすることが増えた。

お互いを必要とする国境の町

 一方でニッケルの住民がキルキネスに足を運んだ際には、服を購入することが多いという。二人の息子を持つ地元の女性は「ニッケルにはまともな洋服屋がないから、息子のサッカーのユニホームを買うためにはキルキネスまで行かなければならない」と打ち明ける。ニッケルからキルキネスまでは車で40~50分で行けるが、ロシア国内で洋服店があるような都市までは2時間以上かかる。一方でキルキネスにとっても、最も近い町はニッケルなのだ。二つの町の間では子どものサッカー大会も催されており、双方の住民が交流を深めている。

 1949年の創設時からNATOに加盟しているノルウェーだが、欧州連合(EU)には加わらず、中立的な外交を試みてきた。ただしクリミア編入問題ではEUからの同調圧力を無視できず、対露制裁に加わった。そのためにロシアとの首脳レベルの対話が5年近くも凍結されるなど、関係は大きく冷え込んだ。

「クリミア」後も続く住民交流

 それでもニッケルに住むロシア人は、ウクライナ情勢が住民交流に影響を与えていないと説明する。ニッケルに置かれたペガンザ地区の役所に勤めるタチアナ・バザノワさん(52)は、キルキネスなどとの交流プログラムを担当してきた。「我々は直接的な交流を通じ、相互理解を深めてきた。『住民の外交』を続けてきたから、政治に影響されることはない」と話す。

 「私が初めてソ連を訪れたのは15歳の時だった。2カ月かけて旅行して、帝政ロシアやソ連の歴史への興味が尽きなかった」。キルキネスがあるソル・バランゲル市のルネ・ラファエルセン市長(65)は半世紀前の思い出に言及した。5年前に起きたクリミア編入については「非常に難しい問題」と認めるし、「(ノルウェーの首都)オスロの人たちにロシアを恐れる傾向が強いのは確かだ」と話す。それでも「私自身はロシアを怖いと思ったことはない」と言い切る。

規制されたノルウェーメディア

インディペンデント・バレンツ・オブザーバーのトマス・ニールセン編集長。オフィスには報道の自由の原則が掲げられていた=ノルウェー北東部キルキネスで2019年6月4日、大前仁撮影

 もちろん親露感情ばかりではない。「インディペンデント・バレンツ・オブザーバー」はこの地を拠点とするインターネットメディアであり、英語やロシア語で情報を発信してきた。トマス・ニールセン編集長(50)に話を聞くと、草の根レベルであってもロシアに関与していく難しさが伝わってくる。

 ニールセンさんはソ連崩壊の数年前からロシア報道に携わってきたが、17年春にロシアとの国境検問所で入国を拒まれた。「我々がロシア語でも情報を発信していることに対し、連邦保安庁(FSB)が快く思っていなかったからだ」と話す。今年に入ると、同性愛者へのインタビュー記事を理由にしてロシア国内での同社サイトへのアクセスが遮断された。

 「ロシアとの関係が難しくなったのは、(クリミアが編入された)14年に始まったわけではない。プーチン氏が大統領に返り咲いた12年から始まっていた」とニールセンさんは分析する。ロシアでは11年末からプーチン氏への抗議運動が盛んになっていたため、プーチン政権は12年5月に発足した後、非政府組織(NGO)への規制や圧力を強め始めた。ノルウェーでもNGOが対露交流に関わることが多かったから、交流活動にも影響を及ぼしたという。

 ニールセンさんがロシア入国を禁じられたことは、ノルウェー国内で波紋を呼んだ。当時、バレンツ・オブザーバーに出資していたノルウェーの交流団体の幹部はニールセンさんを擁護するのではなく、「ロシアに配慮して報道すべきだ」と求めてきた。ノルウェーは報道の自由度でトップレベルに位置している国である。ニールセンさんは報道の自由が侵されるべきではないと主張し、交流団体の幹部と衝突した結果、解雇された。同僚2人がニールセンさんに同調して辞任。彼らはバレンツ・オブザーバーを新たな組織として設立し、今でもロシア関係の報道に携わっている。

国境の検問所で検査されていた車両=ロシア・ノルウェーの国境地帯で2019年6月4日、大前仁撮影

日本にとって参考にならないかも

 日露関係の今後に触れて、この項を結ぼう。日本とロシアは17年春から北方領土での共同経済活動の開始を目指し交渉している。焦点の一つは日本の関係者が北方領土に渡航する際、どうような法的枠組みを作るかである。日本は北方領土を自国領として主張しているから、ロシアのビザを取得し現地に渡航するような枠組みを受け入れていない。そこでロシアが日本に提案しているのは、北方領土を管轄する極東サハリン州と北海道の住民を対象にしてビザを免除し、自由渡航するという枠組みである。ただし、この枠組みについても、日本側は北方領土がサハリン州に属することを認めかねないとして、ロシアの提案を受け入れていない。

 ノルウェーでの取材を終えた今、私は日露関係の今後について、ロシアとノルウェーの事例をまねることは難しいと感じている。まずは歴史的な背景が大きく異なるからだ。ロシアは20世紀初頭から、日本との間で何度か戦火を交わしてきたが、ノルウェーと戦争した歴史はない。またロシアは日本と海で隔てられているが、ノルウェーとは陸続きである。当然ノルウェーとの間の方が人の往来が活発だ。

 一方で、バレンツ・オブザーバーの事例をみると、住民レベルの交流が深まれば、全てがうまくいくわけではないことが分かる。「ロシア当局はNGOや独立したメディアは敵対勢力だとみなし、取り締まろうとしてくる」とニールセンさんは語る。今後、サハリン州と北海道の間でビザが免除されて、住民の行き来が活発になったとしても、それに伴い問題が起きる可能性も否定できない。ロシアとノルウェーの関係は、日露の今後を考える際の参考材料に過ぎないと思えてならない。【大前仁】

大前仁

モスクワ支局記者 1969年生まれ。1996年から6年半、日経アメリカ社でワシントン支局に勤務。毎日新聞社では2008年から13年まで1回目のモスクワ支局に勤務。

おすすめ記事

毎日新聞のアカウント

話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. SMAP元メンバー出演に圧力か ジャニーズ事務所を注意 公取委
  2. ジャニーズ「圧力の事実はないが当局の調査は重く受け止める」 HPでコメント発表
  3. 民放テレビ局幹部 ジャニーズ事務所から「圧力ないが過剰にそんたくはあったかも」
  4. 「吾郎ちゃんら元SMAP3人、なぜテレビに出ないの?」に公取委が判断 ジャニーズに注意
  5. 新しい地図 ファンの笑顔と共に 3人で描く

編集部のオススメ記事

のマークについて

毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです