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千葉市空襲74年 犠牲者の無念忘れず 祈念碑前で遺族ら黙とう

父の刻銘を指す森大死さん=千葉市中央区で

 太平洋戦争末期の1945年7月7日、千葉市街地が米軍に爆撃され、多数が犠牲となった千葉市空襲から74年を迎えた。7日、同市中央区の亥鼻公園に建立されている平和祈念碑前では、遺族ら約20人が集まり、黙とうをささげた。【宮本翔平】

 市によると、45年6月10日午前7時45分ごろ、日立航空機千葉工場があった現在の中央区川崎町周辺に、米軍機27機が爆弾138.2トンを投下し、死傷者391人が出た。7月7日午前1時39分~同3時5分には129機が889.5トンの焼夷弾や爆弾を投下し、1204人が死傷した。

 祈念碑は市民らでつくる実行委が寄付を募り、市内の犠牲者671人の氏名、あだ名、肩書などを刻んで2015年に建てられた。実行委メンバーらで「平和祈念碑を守る会」を発足し現在は721人が刻銘されている。

 昨年7月に会代表となった森大死(だいじ)さん(77)=緑区=は6月10日の空襲で父辰蔵さんを亡くした。当時3歳。家族6人で蘇我町(当時)に暮らし、自宅の防空壕(ごう)で体が浮くような振動や、煙による息苦しさを感じたことは覚えている。横浜で働く父はたまに自宅に戻る程度だった。出勤する間際の空襲で生き埋めとなり、後になって掘り出されたと母から聞かされた。「朝ご飯を食べて仕事に行こうとした途端に亡くなった。こんな苦しみはない」と父の無念を思う。

 新たに調査で判明し碑に刻んだ犠牲者は16年25人▽17年14人▽18年9人▽19年2人――と減少している。この日の集会では「時間の壁がどんどん高くなっている。祈念碑が犠牲者、遺族のよりどころになるよう活動を続けたい」とあいさつした。

 森さんは語気を強める。「戦争、空襲で犠牲になった人を忘れてほしくない。いつまでも戦後のままで『戦前』にならないでほしい」

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