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毎日新聞

障害者スポーツと社会との橋渡し役として期待される陸上の高桑早生=鳥取市のコカ・コーラウエストスポーツパーク陸上競技場で2016年5月1日、徳野仁子撮影

パラアスリート交差点

陸上・高桑早生「その先へ」用具の性能向上=競技力向上は短絡的 選手の努力、評価を

 パラスポーツの競技力は年々向上しています。一部のメディアは「近年の義足の性能向上によりレベルが上がっている」と評価していますが、それは一面に過ぎません。用具や技術にばかり焦点が当たりがちですが、それを扱うのはアスリート自身です。

     あるパラアスリートが以前、「私の頑張りは評価されないのかな」とこぼしたことがあります。用具の性能向上につながる技術革新とパラスポーツは密接に関係があり、私が使う板バネ(競技用義足)も同様です。ただし、世界で陸上の記録が伸びている一方、2008年北京パラリンピック以降、トップ選手が使用する義足に大幅な変化はありません。

     そもそも用具を使いこなすためには努力が必要です。私は高校生の時に陸上を始めました。板バネをつけてから、まともに走れるようになるまでに1年、全力疾走の感覚をつかむまでに2年は要しました。健常者が理解するのは難しいと思いますが、用具や自分と向き合い、感覚を目覚めさせなければならないのです。他人からの助言で簡単に調整できるものではなく、試行錯誤を繰り返しました。

     パラ陸上の歴史が積み重ねられてきたことも、記録が伸びた大きな要因です。選手は義足で速く走ったり、遠くに跳んだりするための技術や知識、トレーニング方法を追求してきました。まだ歴史は浅いですが、先人たちから努力の結晶が脈々と受け継がれ、今の競技力につながっていると思います。

     国内外のパラスポーツを巡る環境が変化した影響も計り知れません。12年ロンドン・パラリンピック以降、(競技を重視する)実業団のような環境に身を置いたりプロになったりすることで、時間と労力を競技に費やせる選手が増えました。以前はフルタイムで勤務し、夜に道端で練習する選手も珍しくありませんでした。

     「用具の性能向上=競技力向上」と断じるのは、あまりに短絡的ではないかと思うのです。障害により欠如した部分を補填(ほてん)する力となる用具との関係性は、アスリートが築いていることを忘れないでほしいです。たゆまぬ努力により好記録を残すのは選手です。ただ、用具面だけでは説明の付かないような記録をマークする責任を、選手は負わなければなりません。

     用具を巡る技術革新はもちろん大歓迎です。さらに、さまざまな企業が参入することになれば一般の方が用具を手に入れやすくなり、パラスポーツが盛んではない国に影響が及ぶことがあるかもしれません。パラスポーツに用具は欠かせないし、開発や改良に携わる技術者の皆さんに対する敬意を欠いたことはありません。

     失った機能を補い、残った機能を引き出せるように用具をなじませていく。そして、持てる力を最大限に発揮し、記録や歴史を作るのがパラスポーツです。競技そのものやアスリートのパフォーマンスに、もう少し注目していただけるとうれしいです。

    たかくわ・さき

     埼玉県熊谷市出身。小学6年で骨肉腫を発症し、中学1年で左脚膝下を切断した。慶大2年だった2012年、ロンドン・パラリンピックに初出場。15年世界選手権では走り幅跳びで銅メダルを獲得した。16年リオデジャネイロ・パラリンピックは同5位、100メートル8位、200メートル7位。NTT東日本所属。27歳。