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最古の鳥羽城絵図発見 天守や石垣が克明に 再建に弾み

本丸や石垣、お堀などが克明に記され、「海の城」と呼ばれた鳥羽城の絵図=2019年7月8日午後3時28分、林一茂撮影

 三重県鳥羽市教育委員会は8日、江戸時代前期に描かれた最古の鳥羽城絵図を発見したと発表した。天守や本丸御殿、石垣、お堀などが克明に記され、鳥羽城が「海の城」と呼ばれた当時の面影がうかがえる貴重な資料だ。市教委の文化財専門員、豊田祥三さん(44)は「整備が完了した城の状況を示す資料として非常に重要」と話し、鳥羽城の再建に向け関連資料収集の弾みになりそうだ。【林一茂】

 鳥羽城の築城は戦国末期に戦国武将の九鬼嘉隆(1542~1600年)によって始まった。1594年に完成したと伝わるが、当時の城を描いた絵図はないとされる。九鬼氏の後に城主となった内藤氏によって二ノ丸、三ノ丸が整備され、海の向かって大手門が開く、全国でも珍しい「海の城」として整備された。

 見つかった鳥羽城絵図は、松江市の市立松江歴史館所蔵の「極秘諸国城図」に描かれた全国74の城絵図に含まれていた。極秘諸国城図は最古の江戸城絵図や真田幸村が大阪城の出城として築いた真田丸などが描かれ、注目されている。昨年10月、豊田さんが調査に出向き、内藤氏の2代目城主、忠政時代の1659(万治2)年~1673(寛文13)年の時期に描かれた絵図と判明した。

豊田祥三さん=林一茂撮影

 豊田さんによると、これまで最古とされていた鳥羽城絵図は、1680年に描かれた県所蔵の「樋田文庫図」だった。しかし、極秘諸国城図の鳥羽城北に記された寺院「吉祥院」は1679年まで同所にあり、城下町の本町に記された本照寺の創建は万治2年だった。他の寺の名前や「鍵の手」の道の存在などを手掛かりに、鳥羽城絵図の年代を特定した。

 最古の鳥羽城絵図の写真パネルは9~15日まで市立図書館(10日休館)、17日~9月1日まで鳥羽歴史文化ガイドセンター(火曜休館)で展示。13日に市文化会館で豊田さんによる「新発見!鳥羽城絵図~鳥羽城と城主の変遷」と題した説明会が開催。問い合わせは市教委(0599・25・1268)。

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