メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

ALL FOR 2020

東京へ ともに歩む

毎日新聞

車いすラグビー日本代表の倉橋香衣さん=東京都品川区で2018年11月28日、小川昌宏撮影

パラアスリート交差点

車いすラグビー・倉橋香衣「楽」原点回帰できた17年のパリ遠征

 けがをする前は海外に行ったことがありませんでしたが、車いすラグビーを始めてからは遠征で度々渡航しています。異文化に触れ、世界中の人との交流が生まれる海外で過ごす時間は、私にとって貴重な経験となっています。

     2017年12月、世界から女子選手が集まる国際大会「ウイメンズカップ」に出場するため、日本から私を含む選手3人とスタッフ2人の計5人でパリを訪れました。4選手以上いなければチームを編成できないため、私たちはニュージーランド、韓国の選手とアジア・オセアニアの合同チームを組みました。

     私は日本代表を含め普段から男子選手とプレーしています。男子に比べればスピードもパワーも、プレーの激しさも違いますが、原点に回帰できた非常に印象深い機会となりました。

     選手たちは歓声を上げながら、生き生きとプレーしていました。当時の私は「もっとうまくならなければ」と気負うあまり、悩むことが多々ありました。向上心は大切ですが、自らを追い詰めているような状況に陥っていたと思います。

     でも、女子の大会に出場したことで車いすラグビーの魅力を改めて感じ、「楽しいからプレーしているし、楽しいから頑張れるんやな」と思うことができ、目の前が少し開けたような気がしました。その大会に出場していた他国の選手とは交流が続き、世界選手権などの国際大会で再会する度に、声をかけ合っています。

     パリではパンとチーズのおいしさにも驚き、滞在中はずっと食べていました。帰国の際には現地の空港で思わず長いバゲットを購入したのですが、機上で硬くなってしまいました。帰宅して、カッチカチになったバゲットにかじりつきながら「フランスの味やなあ」と、思いをはせました。

     ちなみに、初めて海外に行ったのは17年3月のカナダ遠征でした。私は飛行機での移動は苦になりません。以前はかなりの時間を睡眠に割いていましたが、最近はほかの選手から情報を得て、映画を見るなどして過ごしています。必需品は床ずれを防止するためのクッション。私と同じような障害者は必携です。海外には昆布の菓子も必ず持って行きますが、我慢できずに機内で食べ始めてしまいます。

     いつもは競技に追われるため試合や練習の会場と宿舎、その周辺の商業施設を巡るくらいしかできません。でも、17年のパリ遠征では時間があり、エッフェル塔や凱旋門(がいせんもん)の周辺を散策することができました。これからも時間を見つけて、風光明媚(めいび)な景色や歴史的建造物を目に焼き付けたいです。

     海外では現地の見知らぬ方が私のことを手伝おうとしてくれたり、試合会場で気軽にあいさつしてくれたりしました。来年の東京五輪・パラリンピックでは、日本でもそうした光景が広がってほしいと思います。

    東京パラリンピックは猛暑が懸念されています。どんな暑さ対策をしていますか。

     私は障害のために発汗することができません。車いすラグビーの選手は練習や試合の合間に霧吹きで体に水をかけて冷やします。体内から冷やすために、氷やアイスなどを食べることもあります。ぬらしたタオルを首に巻くことも有効ですね。

     体が熱くなったら、腕だけでも急いで冷却するなどして対処します。一旦体温が上がり過ぎたり下がり過ぎたりしてしまうと、元に戻るまでに健常者よりも時間がかかるので、体温の管理には気を使っています。

    くらはし・かえ

     神戸市出身。小学1年から高校までは体操に取り組み、文教大でトランポリンに転向。大学3年だった2011年、トランポリンの練習中に頸髄(けいずい)を損傷し、鎖骨から下の多くの機能を失った。15年から本格的に車いすラグビーを始め、18年世界選手権で日本の初優勝に貢献。商船三井所属。28歳。