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東京へ ともに歩む

毎日新聞

昨年10月に横浜アリーナで行われた世界選手権のコート脇で、一緒に写真を撮る荒木(左端)と猪野さん(右端)。右から2人目は、猪野さんが日本でマネジメントを担当する陸上三段跳びの米国代表選手、クリスチャン・テーラー=猪野さん提供

TOGETHER

女子バレー界の進化支える異色の代理人

 移籍などで選手の環境作りを支える「代理人」が女子バレーボール界で存在感を増している。日本代表の荒木絵里香(34)の代理人を務めるほか、昨季、代表4選手の海外リーグ挑戦をサポートした猪野仁志さん(47)。フランスのプロサッカーチームのゼネラルマネジャー(GM)を務めた異色の経歴を持つ。

    本業の合間に代理人を務める猪野さん=東京都内で2019年2月14日午後0時7分、小林悠太撮影

     猪野さんは広告代理店やフランスのサッカーチーム「グルノーブル」のGMなどを歴任し、スポーツ関係者とのパイプを育んできた。今の本業は出版社やデザイン会社など複数企業の役員や顧問で、休日や夜間に国内外のチームとアスリートの交渉などをサポートしている。

     代理人はサッカーなど移籍が盛んなメジャー競技が一般的だ。実業団主体で移籍が決して多くない女子バレーの代理人は珍しく、猪野さんは「収益が期待できる分野ではない。誰もやらないからこそ自分がサポートしたいと思った。トップ選手と接し、受ける刺激は大きい」とやりがいを話す。

     猪野さんにとって、バレーに携わるきっかけとなったのが荒木だった。ラグビー元日本代表の荒木の夫、四宮洋平さん(40)の現役時代の代理人を務めていたことをきっかけに、2014年1月の出産を経て復帰する荒木のチーム探しを支援するようになった。

     14~15年シーズンに現役復帰する際、荒木は首都圏で夫と一緒に暮らせることを最優先し、埼玉の上尾メディックス(現・埼玉上尾メディックス)を選んだ。上尾中央医科グループが運営するチームで「女性や産後にも理解がある」と判断した。

     上尾が2部へ落ちた後の16年7月には1部リーグで愛知を拠点とするトヨタ車体へ移籍した。長女は当時2歳で、夫と離れての生活となることに荒木は迷っていたが、猪野さんが「トップクラスを維持したいのであれば、1部でプレーした方が中長期的に見てもいい」と説得した。

     猪野さんが心がけているのは「彼女たちの考えをきちんと聞き、整理し、提案すること」。もともと、荒木が考える「長くバレーのある生活を続けたい」という目標をかなえるためには、39歳まで現役を続けた経験を持つ多治見麻子監督が指揮を執っていたトヨタ車体は最高の環境だった。

     本業の合間の活動であるため、猪野さんは自ら営業はせず、紹介された選手のみを担当する。最近は来年の東京五輪へ向け、海外リーグに挑戦したいという選手も増えている。JTを離れ、昨年10月末から約5カ月、タイで武者修行した奥村麻依(28)を後押ししたのも猪野さんだった。

     奥村のポジションは長身選手が務めることが多いミドルブロッカーで、177センチの身長は、欧州のリーグではサイズ不足と判断される。猪野さんはサッカーのGM経験から「選手は試合で出てこそ価値がある」と説明。試合に出場できる可能性が高く、コンビネーション攻撃が主流でプレーの幅を広げるチャンスもあるタイのリーグを勧めた。そして奥村は実戦から学び、日本代表の貴重な戦力となって帰ってきた。

     猪野さんの長女と荒木の長女は3カ月違いで生まれ、家族ぐるみの付き合いもしている。遠征が多く、育児の時間が取れないことに悩む荒木には「世の中で働いている女性はみんな同じ状況。プレーも育児も両方できることを目指しましょう」と声を掛けたこともある。東京五輪を目指す選手たちを優しく見守り続ける。【小林悠太】

    今年2月に移籍先のタイで写真を撮る奥村(左から2人目)と猪野さん(右端)=猪野さん提供

    小林悠太

    毎日新聞東京本社運動部。1983年、埼玉県生まれ。2006年入社。甲府支局、西部運動課を経て、16年から東京本社運動部。リオデジャネイロ五輪を現地取材した。バドミントン、陸上、バレーボールなどを担当。学生時代、184センチの身長を生かそうとバレーに熱中。幼稚園児の長男、次男とバレーのパスをするのが目下の夢。