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平和をたずねて

昭和の戦争を語る/28 国体明徴、派閥が便乗=広岩近広 /大阪

 中国東北部に「満州国」ができてから、陸軍の発言力は増した。政党政治をねじ伏せるまでになり、派閥抗争も激しかった。

 いわゆる「皇道派」の荒木貞夫が陸相になると、派閥の拡大を最優先し、荒木陸相と真崎甚三郎参謀次長は「皇道派」の重鎮におさまった。一方で、永田鉄山や東条英機は、軍中央の統制のもとで国家改造を図るべきだと主張する。そこから永田らのグループは「統制派」と呼ばれた。

 両派の違いは、対ソ戦略でも顕著だった。皇道派はソ連の国内体制が整う前に「一撃すべし」と強硬だが、統制派は満州の権益を確実にすることを第一条件にあげた。また一部の青年将校は、天皇親政の軍事政権を志向する皇道派のもとで、「昭和維新」の実現を目指して活発に動き始めていた。

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