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没後200年・伊能忠敬を歩く

2018年は伊能忠敬が没して200年。ゆかりの地を記者が訪ねました。

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没後200年・伊能忠敬を歩く

/15 宮城県白石市 秘薬の名産地に降り立つ

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 1800年6月18日早朝、小雨が降る中、伊能忠敬率いる測量隊は瀬上宿(福島市)を約40キロ先の大河原宿(宮城県大河原町)に向かって出発した。「測量日記」には宿場間の距離と天気しか記録されていない。忠敬が測量以外にどのような興味を持って奥州街道を歩いたのか、同日記からは読み取れないのが残念だ。そんな中、途中の斎川宿(同白石市)が江戸時代の秘薬の名産地だったと耳にした。もしかしたら忠敬も買ったかもと7月中旬、最寄りのJR東北線越河(こすごう)駅に降り立った。

 「最寄りの」と書いたが、スマートフォンの地図アプリで調べると、斎川まで2キロ以上もある。旧街道に重なる国道4号を、大型トラックのごう音と排ガスに悩まされながらひたすら歩く。「馬牛沼」のすぐ先で旧道が右に分かれていた。涼しい木立の道に入って間もなく、「孫太郎蟲(まごたろうむし)」と大書された供養塔が道路脇の斜面に見えた。この虫こそ秘薬の材料。駅から約40分、ようやく斎川の地に到着した。

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