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聖武天皇時代の後殿と脇殿か 奈良・宮滝遺跡で「吉野宮」の建物跡確認

吉野宮の後殿とみられる建物跡が見つかった調査区=奈良県吉野町宮滝の宮滝遺跡で2019年3月25日午前9時16分、藤原弘撮影

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 奈良時代に聖武天皇(在位724~749年)が滞在した吉野宮(離宮)跡とされる奈良県吉野町の宮滝遺跡の発掘調査で、町と県立橿原考古学研究所(橿考研)は19日、正殿とみられる大型建物跡に付随する二つの建物跡を確認したと発表した。コンパクトながら都城の内裏を模した計画的な建物配置で、専門家は「吉野宮が本格的な離宮で、天皇家にとって特別な場所だったと裏付けられた」としている。

     同遺跡では2017年度の調査で、正殿とみられる大型建物跡(縦9.6メートル、横23.7メートル)が出土した。今年1月以降、約305平方メートルを調査。柱穴の位置などから、正殿の北側に後殿(推定縦6メートル、横16・2メートル)が、また南西側に脇殿(同縦5・4メートル、横16・2メートル)があったとみられることが判明した。脇殿は1985年度の調査で見つかった正殿南東側の建物と左右対称とみられる。また正殿の西側で北へ約61メートル、掘っ立て柱塀の柱穴が続くのを確認した。

     古代に天皇が利用した各地の離宮の全体構造はほとんど分かっていない。前園実知雄・奈良芸術短大教授(考古学)は「コンパクトにしてもきちんと建物が配置され、天皇家にとって特別な場所であることが裏付けられた」と話す。また小沢毅・三重大教授(考古学)は現地で建物が度々建て替えられ、さらに古い時代にさかのぼる可能性を継続して検討する必要があると指摘する。

     吉野の地は万葉集に多く詠まれた。聖武天皇より前の時代の持統天皇に同行した柿本人麻呂は「この滝の都は、見ても見ても見飽きることがない」といった歌を残しており、上野誠・奈良大教授(万葉文化論)は「本格的な宮殿であることの驚きが歌になっている」と指摘する。

     調査で後殿とみられる建物跡の抜き取り穴から平城宮跡の物と大きさや模様が似た瓦が出土しており、近くの吉野歴史資料館で20日~9月16日に開かれる橿考研付属博物館の出張企画展「発掘 古代の宮滝遺跡」で展示される。現地は埋め戻されており、近くの宮滝河川交流センターで8月31日午前10時から調査報告会をした後、現地説明会や同資料館での展示解説を予定している。【藤原弘】

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