平城京左京に当たる奈良市法華寺町の市立一条高校の敷地にあった奈良時代の貴族の屋敷が、4町分(約6万1000平方メートル)の広大なものだったことが分かった。同市教委が19日発表した。左大臣・長屋王の屋敷と同規模で、場所は藤原不比等邸宅の約150メートル東の一等地。所有者の特定につながる木簡などは見つかっていないが、相当に有力な貴族の屋敷だったとみられる。
敷地は「田」の文字のように正方形の「町」が4区画並んでいる。調査では、南側2町の境界南端部を発掘して行い、7棟分の掘っ立て柱建物の柱穴と、東西に走る塀の遺構が見つかった。うち建物3棟と塀の遺構が、区画道路「坊間小路」に相当する場所と重なっていたことから区画道路はなかったと判断した。
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