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ジャパンのミカタ

トップリーグから見るW杯(3)元日本代表・小野晃征「世界のどこが相手でも勝ってほしい」

ラグビー日本代表でワールドカップ2大会に出場した小野晃征。ニュージーランドで育ち、豊かな発想のプレーに定評がある=東京都府中市で2019年7月2日午後7時14分、谷口拓未撮影

 ラグビー日本代表のSOとして2007年、15年のワールドカップ(W杯)に出場した小野晃征(32)=サントリー=は、世界トップの強豪国・ニュージーランド(NZ)で育ち、ラグビーを学んだ。20歳の頃から世界を舞台にプレーしてきた司令塔に、NZと日本での経験を踏まえつつW杯開幕まで2カ月に迫った日本代表への思いなどを聞いた。【聞き手・谷口拓未】

実戦形式の練習で軽快な動きを見せる小野晃征=東京都府中市で2019年7月2日午後5時36分、谷口拓未撮影

 ――日本代表は今、何を重視すべきですか。

 ◆8強以上という目標に向け、選手はW杯を常に意識しなければなりません。15年大会は3勝しても決勝トーナメントに進めなかったので、4戦全勝を目指しているでしょう。開幕戦が特に大事です。日本の強さをライバルに見せつける必要があります。代表は日本ラグビーの頂点。世界のどこが相手でも勝ってほしい。それが日本全体がレベルアップする近道です。

 ――W杯代表争いは佳境を迎えました。

 ◆今は激しい競争の時期。各選手が自分のコンディションとパフォーマンスに集中しているはずです。主将のリーチ・マイケル(東芝)は別として、全選手が代表の座を争っている状況だと思います。

 ――小野選手はけがもあり、日本大会への出場は厳しい状況です。

 ◆(代表候補に)選ばれていないのは残念ですが、常にベストを尽くしているつもりです。後ろ向きな感情はありません。最も大切なのはラグビーを楽しむこと、期待に応えるパフォーマンスをすることです。楽しくなくなればラグビーをやめます。

前回のラグビーW杯前に行われたウルグアイとの試合でトライを決める小野晃征=東京・秩父宮ラグビー場で2015年8月29日、後藤由耶撮影

 ――W杯で印象に残っていることは。

 ◆15年大会では、選手とスタッフの全員が事前の準備を100%信じて一つの方向を向くことができれば、すごく強くなれることを実感しました。逆に一人でもぶれると、ゲームは崩れます。W杯は普段ではあり得ないことがたくさん起きるので経験者が重要です。

 ――07年のW杯フランス大会に日本代表として出場するため、NZから来日しました。

 ◆初めは日本のラグビー用語が分からず苦労しました。「日本人だから理解しているだろう」という周囲の「誤解」もあり、難しい状況でした。分からないことだらけで07年大会も緊張せず、パフォーマンスもあまり覚えていません。

 ――11年のNZ大会は出場できませんでした。

 ◆現在と同じです。自分のパフォーマンスが良くないから代表に選ばれなかった。理由はシンプルで、悔しさはありませんでした。07年のW杯後に代表を外れたので、日本のラグビーを知り、所属チームで活躍しようと意識しました。エディー(ジョーンズ・元日本代表ヘッドコーチ)はその姿を見てくれて、ジャパンに戻れました。15年大会ではチャンスを絶対につかみ、結果を残そうと思っていました。

 ――高校時代のチームメート、NZのFWオーウェン・フランクスが日本大会に出場する可能性があります。

 ◆彼の活躍は楽しみです。プレーをしていない時も毎日学校でボールを手にしていました。ちゃかされていましたが、それほどラグビーが好きでした。100キャップ超の選手になるとは全く思っていませんでした。

練習中に笑顔を見せる元ラグビー日本代表SOの小野晃征(左)=東京都府中市で2019年7月2日午後4時48分、谷口拓未撮影

 ――NZは常に強い。日本との違いは。

 ◆幼い頃の指導が違います。NZの5~10歳くらいの子はスキル(技術面)の練習をあまりしません。パスをつなぐレースなどラグビーに近いゲームで時間を費やして楽しさを知ったり、コミュニケーション能力を上げたりします。日本ではランパスやタックルばかりで、ラグビーらしいのはわずかという印象です。

 練習時間が同じでも、NZの子は「ラグビーが楽しかった。明日もうまくなりたい」と思いますが、日本はそうではない。つらくて上達したことにも気づけない。日本では子どもがスポーツを楽しめていないと感じます。この状況を変えなければいけません。それが子どものセンスを磨くことにもつながるのではないでしょうか。

おの・こうせい

 1987年4月生まれ、名古屋市出身。1歳からニュージーランド(NZ)で暮らし、6歳でラグビーを始めた。2007年W杯フランス大会前に当時のジョン・カーワン・日本代表ヘッドコーチの要請を受け、19歳で帰国。W杯は07年と1次リーグで3勝を挙げた15年の2大会に出場した。トップリーグのサニックスを経て、現在はサントリーでプレー。日本代表キャップ数は34。現在のポジションはSO、CTB。

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