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クトゥーゾフの窓から

ウクライナ危機の現場を歩いた(10) 消えない親露感情 東部マイオルスク

度重なる砲撃で屋根と壁が壊れていた住宅=ウクライナ東部ドネツク州マイオルスク村で2019年7月12日、大前仁撮影

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 ウクライナ軍と親露派組織の戦闘は発生から5年たったが、収束の兆しを見せない。私は7月中旬にウクライナが維持する最前線のドネツク州マイオルスク村を訪れたのだが、多くの住民が「敵」であるはずの親露派やロシアへの批判を避けていた。なぜ、このような事態が生じているのかを考えた。

 村内では、度重なる砲撃で屋根の一部や壁が破損した建物が目に付いた。それでも、集合住宅の前でたたずんでいた3人の女性はのんびりとした様子だった。女性たちは一斉に話し始めたり、途中から人の話に割り込んだりすることが多く、後で聞き返しても、誰の発言なのか判明しないことが多かった。それでもウクライナ政府に批判的だが、「ドネツク人民共和国」(DNR)を名乗る親露派組織や背後に控えるロシアを批判しない点では一致していた。

バレンティーナ・アヌフリエワさんたちが住む集合住宅では多くの窓が破損し、ひびが入っていた=ウクライナ東部ドネツク州マイオルスク村で2019年7月12日、ヤナ・トカチェンコ助手撮影

非難の矛先は財閥経営者へ

 DNRの部隊による度重なる砲撃や銃撃で女性たちの部屋の窓は著しく破損していたが、彼女たちは「誰がいけないのか分からない」と話す。直後に非難の矛先をウクライナの政財界を牛耳ってきたといわれる財閥経営者(オリガルヒ)に向け、「これはオリガルヒ同士の戦争なのだ」と言い始めた。

 5月まで大統領だったポロシェンコ氏は、政治家になる前から多角的に事業を営んできた。女性たちは「ポロシェンコは今でもロシアで事業を続けているし、オリガルヒの一人だ。大統領だった5年間に、国民のためには何もしなかった」と酷評した。これは彼女たちの発言ではなかったが、今回の東部出張では「ポロシェンコがやったのは戦争を始めたことぐらいだ」という批判も耳にした。

 ポロシェンコ氏は国内全般で強い批判にさらされており、4月の決選投票では対立候補のゼレンスキー氏に7割の票を取られて惨敗した。女性たちもポロシェンコ氏が嫌だという理由で、ゼレンスキー氏に票を投じたと話す。

7月21日投開票のウクライナ議会選を控えて、親露派政党「野党連合」の候補のポスターが目立った=ウクライナ東部ドネツク州マイオルスク村で2019年7月12日、大前仁撮影

 そして女性たちはもう、新大統領に批判的だ。東部での戦闘停止に取り組むと公約して当選したゼレンスキー氏は、5月の就任後に前線の視察などに励んできた。それでも女性たちは「公約を実現しようとしない。もう信じられない」と言う。結局のところ彼女たちが支持するのは親露派政党の「野党連合」であり、7月の議会選(21日投開票)では野党連合に投票すると話していた。

「住民同士の感情は変わらない」

 ウクライナ政府はDNRを「テロリスト」とみなしているが、女性たちはこのようなウクライナ政府の姿勢を批判し「今のように無制限に撃ち合う状態を終わらせるには、(DNRとの間で)何らかの合意が必要だ」と訴える。

 女性たちが親露派に同情的なのは、子どもや親戚がDNR支配地域に住んでいることも関係しているようだ。例えばタマラ・アキモワさん(63)は47歳の一人娘と孫がゴルロフカというDNR側の都市に住んでいるという。ウクライナ側とDNRの支配地域を移動するためには、チェックポイントで何時間も待たされるが、往来は今も盛んで、女性たちは「住民同士の感情は何も変わっていない」と話す。

 ウクライナの首都キエフなどでは、東部の紛争について「ロシアの侵略だ」と批判し、プーチン露大統領を個人的に非難する人が少なくない。一方で銃弾や弾丸が飛び交う「東部の最前線」に取り残されながらも、女性たちは対露批判にくみしなかった。「隣人とは敵対するのではなく、仲良くしていかなければならない。お互いの気持ちがあれば、なにがしかの合意は可能なはずだ」とアキモワさんは唱える。プーチン氏に対する気持ちを尋ねても「他国の指導者だから私には関係ない」と答えたのは、バレンティーナ・アヌフリエワさん(65)だ。

 彼女たちはそのうち、「誰も真実を語ろうとしない」と怒り始めた。マイオルスク村を訪れる国内外のメディアは少なくないが、自分たちの意見が正確に伝えられていないと憤る。その一方で、女性たちは自室を案内してくれながらも、途中から顔写真を載せないでくれと求めてきた。ウクライナとロシアのどちらの情報機関を指していたのかは定かではないが、「顔写真が載ると情報機関に知られてしまう」ことが怖いのだという。

住民のアパートには、紛争前までドネツクを本拠地としたサッカーチームのグッズなどが飾られたままだった=ウクライナ東部ドネツク州マイオルスク村で2019年7月12日、大前仁撮影

ソ連時代と変わらぬ意識

 なぜ女性たちは不可解ともいえる発言を繰り返していたのだろうか。その背景を理解するために、ウクライナ東部の歴史を振り返ろう。マイオルスク村のある一帯はドンバス地方と呼ばれている。帝政ロシアが18世紀までにウクライナを自国領に組み込むと、多くのロシア人が19世紀半ばからドンバスに移住し重工業の開発に当たった。ソ連時代もロシア人の移住が続き、今でも都市ではロシア語を第1言語とする住民が多い。

 この日に話を聞いた3人の女性もロシア語を第1言語としており、ウクライナ語は得意でない。「若い人たちは違うかもしれないが、ソ連時代に生まれ育った私たちにしてみれば、ロシアとウクライナを切り離すこと自体があり得なかった」。アキモワさんはこのような思いを明かす。「私の息子や親戚がロシアに住んでいる。だから隣人であるはずのロシアと切り離されることは受け入れられなかった」と、アヌフリエワさんも語る。

 ソ連が1991年末に崩壊してから28年を迎えているが、彼女たちの中では時計の針が止まっているかのようだ。彼女たちは昔からウクライナ系や他の人種とも仲良くしてきたと話し、ソ連時代こそが多人種が共生した理想の時代と考えていた。ソ連が崩壊し、ロシアとウクライナが別々の国へと分けられたことが紛争の「元凶」だというのだ。

 マイオルスク村でもう少し若い人たちに尋ねても、親露派やロシアへの直接的な批判は聞かれなかった。47歳の女性ナターシャさんは「戦争が終わってほしいと願っている。それでも戦争によってもうかる人たちがいるのだから、終わらないのだろう」と話した。ウクライナ政府は親露派が攻撃をやめないと批判しているが、ナターシャさんはウクライナ側でも戦闘の継続を望んでいる勢力がいるとの考えをにじませた。

 58歳の男性ミハイルさんも、ウクライナ側の出方次第で戦闘を停止できるはずだと指摘する。現在のウクライナ軍は徴兵された兵士だけではなく、雇い兵が少なくないといわれている。ミハイルさんはこの点を取り上げ「ウクライナ(の雇い)兵は(マイオルスク村への方角も含めて)あちらこちらにかまわず銃撃するだけで給与をもらっている。彼らへの給与の支払いをやめれば、戦闘はすぐに終わるはずだ」と主張。一方で相手方となる親露派やロシアに言及することはなかった。

「特別な関係」が終わりながら

 歴史と文化を長年にわたって共有してきたロシアとウクライナだが、プーチン政権が14年にウクライナ南部クリミアを強制編入し、さらに東部紛争へ介入を始めたことにより、「特別な関係」は終わりを迎えた。「この先、ウクライナが欧州との統合を目指す方針が変わることはない」。キエフにあるシンクタンク「ユナイテッド・コーディネーティング・ハブ」のオレフ・サーキン研究員はこう指摘する。

 それでもウクライナ東部の最前線では、多くの住民の心は「東」を向いたままで、長い時間をかけて築かれた親露感情は消えず、人々の発言もこの点ではぶれることがなかった。【大前仁】

大前仁

モスクワ支局記者 1969年生まれ。1996年から6年半、日経アメリカ社でワシントン支局に勤務。毎日新聞社では2008年から13年まで1回目のモスクワ支局に勤務。

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