会員限定有料記事 毎日新聞
前回の東京五輪が開かれた1964年は、戦争が人々の記憶に色濃く残っていた。全国を巡った聖火は「平和の灯(ともしび)」として各地で熱烈に歓迎された。原爆が落とされた広島と長崎では、被爆した家族らの思いを胸に走った聖火ランナーたちがいた。
「聖火ランナーに選ばれたよ」。広島市の松尾和恵さん(72)が、校長からそう告げられたのは高校3年生のとき、64年の夏のことだった。
トーチを持って1・3キロの距離を走らなければいけないが、腕力には自信があった。戦後、武具店に生まれ、小学4年から剣道を始めた。男子に交じって練習を重ね、高校3年の全国大会で優勝したばかりだった。だが、父が作ってくれたトーチを模した木刀を手に練習を始めると、気持ちが揺らいだ。重さ1・2キロ。竹刀の3倍近くもある。「最後まで持っていけるかな」。母にこぼすと、それまで一度も話さなかった被爆体験を語り始…
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