オピニオン

眼前に広がる「駿河湾」に生息する、深海性魚類の仔稚魚研究に挑む 海洋学部水産学科生物生産学専攻 教授
福井 篤

2019年8月1日掲出

 わが国を取り巻く海には豊富な水産生物が生息し、私たち人間の重要な栄養資源となっている。だが、海にはまだまだ我々が知らない生物資源が数多く生息している。静岡市清水区にある海洋学部の福井篤教授は、専門研究者が少ない深海性魚類の仔稚魚(しちぎょ)研究の第一人者。キャンパスの眼前が駿河湾という最高の環境を舞台に、そこに生息する深海性魚類の研究に取り組む福井教授に話を聞いた。【聞き手・中根正義】

 

幼少時代の経験が、研究の原体験に

──まずは深海性魚類の仔稚魚を研究テーマにされるようになったきっかけを教えてください。

 私は幼少時代に毎年、千葉県勝浦市の興津でひと夏を過ごし、泳いだり、魚を取ったりと磯遊びに興じていました。それが原体験となって、東海大学海洋学部に進学しました。そこで、「眼が飛び出す」、「腸が体外へ飛び出す」びっくり仰天の深海性魚類の仔稚魚の形態を知ることになります。大学院修士課程修了後、いったん民間企業に就職しましたが、縁あって1998年に海洋学部に教員として赴任することになりました。

 清水の地で、「誰にもマネされないオリジナリティーに富んだテーマはないか?」と。ふと思えば、キャンパスの目の前は世界でも指折りの深海の駿河湾です。大学には小回りの良い小型実習船があり、その船で1時間も走れば水深1000メートルを優に超えます。文献を調べていくと、深海性魚類のなかには、仔稚魚の形態がほとんど知られていない分類群が多いことに気づき、「これしかない」と、研究をスタートさせさました。

東海大学が所有する小型実習船「北斗」で仔稚魚の採集を行っている

 

──仔稚魚とは、魚の成長ではどのような段階なのでしょうか。

 魚には鰭(ヒレ)があり、鰭には鰭条(キジョウ)というスジ状の組織があります。すべての鰭にある鰭条の数が成魚(=親)と同じになるまでを仔魚、仔魚の後、成魚の形態が現れるまでを稚魚と呼び、仔魚と稚魚を含めて仔稚魚と言います。

 深海性魚類は「幼期表層性」といって、仔魚の頃は浅層に浮上する種が多くいます。「幼期表層性」の仔魚は浅いところで生息し、採集される機会が多いため、仔魚の形態が分かっているものも多いです。学生時代に見かけた深海性魚類の仔魚はすべてこのタイプです。一方、仔魚の形態が知られていない深海性魚類、これらの仔魚はほとんど浮上しないと考えられており、深層や深海の海底近くを対象とした仔魚の研究例もありませんでした。そこで、「いまだ知られていない深海性魚類の仔魚は深層や深海の海底近くに生息する」と仮定し、2001年の夏から調査を始めました。

 

 ──仔稚魚の採集では、海底の地形が分からなくてはいけないし、とても難しい作業のように感じます。

 海底直上で仔魚ネットを引くことは極めて難しいです。ネットが海底にひっかかり泥が入ってしまえば、最悪の場合、採集器具を回収できません。安全を見越して、ネットを海底から離せば、目的から外れてしまいます。最初は水深20メートル位から始めましたが、うまくいかず、採集器具すべてを失ったことも何回もあります。しかし、乗組員の方々の絶大な協力や学生の満ちあふれる情熱もあって、開始から約8年で水深200メートルから1000メートルまでの海底直上をネットで引けるようになりました。

 

 

 

──採集器具などはどうされたのですか。

 海底地形は魚群探知器と海底地形図、それにネットに取り付けた記録式水深計で判断し、採集器具に既製品はなく、すべてハンドメイドです。海底を引きずるおもりは総重量350キロ、曳網ロープは3000メートル以上に達します。ネットはプランクトン用ネット地を主に使い、相反する要素、性能と使い勝手を考えて設計しました。

 小型実習船は18トンほどです。そんな小さな船にそれだけの採集器具を人力で積んで、曳網中のおもりの着底の確認は人感! 曳網後のロープの回収もほとんどが人力!! だから国際学会で発表すると、親しみを込めて「Crazy!」と言われます。

 2012年からは核心部である駿河トラフに挑戦しています。現在は採集器具を一新し、駿河トラフの宇久須沖ゴージ北の水深1400-1600メートル、宇久須沖ゴージと石花海ゴージの間の水深1600-1700メートル、石花海ゴージの南の水深1900-2200メートルの海底近くを狙って調査しています。今までに駿河湾での曳網距離の総延長は1000キロメートル以上になりました。「自分たちで誰も採集したことのない魚を取って研究する」というのが研究室のモットーです。

 

──先生の研究によって、新種の深海魚を発見することにもつながっているようですね。

 その前に私の専門をひと言で言うと、「魚類の個体発育と体系学」となります。魚類の成長過程を詳細に調べ、仔魚期と、それに続く稚魚期の形態の変化や生態を明らかにしています。個体発育はその種に至るまでの進化の過程を再現していますので、仔魚の形態発育から現状の分類体系にある問題点を指摘できることもあります。また、産業上重要種や将来有望な未利用資源種にとって、仔稚魚期の情報は不可欠なものです。

 この一連の研究で、最も重要なことは仔稚魚を正確に同定し、精緻なスケッチを書いて、種の識別特徴を明らかにすることです。同定は、ほとんどが伝統的手法(脊椎骨数や鰭条数が成魚と一致)に基づき、それで不可能な場合のみ近代的手法(DNA塩基配列)を用いています。スケッチは実体顕微鏡を使って描きます。この時代、スケッチは軽視されがちですが、とても難しいものです。頼りになるのは、個人の観察能力のみです。一枚のスケッチが完成するまで、何回書き直すかわかりません。

 同定の際、成魚の既知の種数よりも仔魚の種数のほうが多いことや、既知の成魚とは一致しない仔魚を発見することがあります。未記載種の仔魚が採集されているのです。

 

福井教授の研究グループが発見した新種

 

──これまでに10種の新種を発表したとお聞きしました。

 そのすべてが、仔稚魚の研究過程で、未記載種として発見されたものです。 分類は成魚に基づいて行われていますが、我々は仔稚魚からアプローチし、隠されている問題点を発見し、解決します。未記載種が見つかれば、その分類群に所属するすべての既知種を詳細に調査し、相違があることを証明します。模式標本が保管されている海外の博物館に、観察に行くこともあります。

 ここ数年では、博士課程の学生が駿河トラフで採集されたクサウオ科魚類の新種を、毎年1種ずつ3年連続で発表しています。新しい学名をつけて学会誌に論文を投稿し受理された時の学生は、いつも満面の笑顔です。

 

──先生の研究課題の一つである、「駿河湾産サクラエビの資源モニタリング」についても、お聞きしたいと思います。近年、不漁が続いているようですが、先生は駿河湾を長く活動拠点にされており、どうお考えになっていますか。

 サクラエビは1960年代、約7000トンの漁獲量があった年もありましたが、その後漁獲量は減少し、ここ10年ほどは約1000トンで推移していました。昨年の春漁では記録的不漁(312トン)に陥り、秋漁では操業できず、さらに今年春漁では操業隻数を減少させたことなどもあって85トンに留まりました。

 資源管理を行う上で資源量をモニタリングしていくことが重要ですので、 1998年産まれ以降の資源量をVPAという方法で計算しています。ここ数年、資源量が著しく減少していますが、これはここ10年の低水準期における漁獲量の影響が一気に出たと考えています。操業中止や操業隻数の減少、産卵場の保護などの資源回復の施策を継続することが必要です。現在の漁期は資源水準が豊富な時代に設定されたものです。資源の人為的な縮小によってより早く産卵するようになった生態を深慮し、漁期を再検討しなければいけません。

 

──海洋学に興味を持つ若者にメッセージをお願いします。

 東海大学海洋学部は、目の前に駿河湾があり、船を使って教育や研究を行っています。静岡という約70万人の人々が生活している都市の目の前に、生物相の豊かで未知の深海が広がっているのです。駿河湾は、それ自体が東海大海洋学部のキャンパスの一部だと言っても過言ではありません。 海が好きで、生き物が好きで、情熱をもってフィールドワークに取り組もうという人にとって、ここは最適な環境です。ぜひ本学部の門を叩いてください。

 

海洋学部水産学科生物生産学専攻 教授 福井 篤 (ふくい あつし)

1957年東京都生まれ。1980年東海大学海洋学部卒業。1982年鹿児島大学水産学研究科修了後、1991年東京大学農学系研究科で博士号取得。1998年に東海大学に着任、2004年より現職。 ★主な所属学会 日本魚類学会、 日本水産学会、 水産海洋学会 ★主な論文・著書 「北西太平洋産ダルマガレイ科魚類浮遊幼期の発育と分布に関する研究」(英文) 日本産稚魚図鑑第二版(東海大学出版会) Fukui A, Takami M, Tsuchiya T, Sezaki K, Igarashi Y, Shigeharu Kinoshita, Watabe S (2010) Pelagic eggs and larvae of Coelorinchus kishinouyei (Gadiformes: Macrouridae) collected from Suruga Bay, Japan. Ichthyol Res, 57:169-179. Murasaki K, Takami M, Fukui A (2018) Careproctus surugaensis sp. nov. (Liparidae), a new snailfish from Suruga Trough, Japan Ichthyol Res, 65, 237-244. Tomiyama S, M Takami A Fukui (2018) A new deepwater assfish, Bassozetus nielseni sp. nov. (Ophidiiformes: Ophidiidae), from the North Atlantic and West Indian oceans, Ichthyological Research,