メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

  • 政治プレミア
  • 経済プレミア
  • 医療プレミア
  • トクトクプレミア
欧州ニュースアラカルト

国際合同捜査を驚愕させた調査報道 MH17撃墜事件とベリングキャット

調査報道サイト「ベリングキャット」を創設したエリオット・ヒギンス氏=ユトレヒト近郊で2019年7月16日、八田浩輔撮影

[PR]

 5年前の夏、アムステルダムをたったマレーシア航空機(MH17)がウクライナ上空で撃墜された。乗員乗客298人全員が犠牲になった惨事を巡り、オランダが主導する国際合同捜査チームは今年6月、ロシアの治安機関元幹部など4人の訴追を発表した。捜査の「証拠」集めに大きな役割を果たしたのは、在野の調査報道サイトだった。

ジャーナリズムの経験がなかったブロガー

 「彼らから受けた訓練はインターネットで証拠を集めるための力となった。非常に素晴らしい仕事だった」

 今月半ば、オランダ中部ユトレヒト近郊で行われたMH17撃墜事件のシンポジウムの終盤、オランダ検察の幹部は壇上の男性に惜しみない賛辞をおくった。その視線の先にいたのはエリオット・ヒギンス氏。英国に拠点を置く調査報道サイト「ベリングキャット」を創設した40歳の元ブロガーだ。この日は遺族の多くが集まったシンポジウムで、スピーカーの一人として招かれていた。

 民間企業などで財務の仕事をしていたヒギンス氏に「ジャーナリズムや捜査員の経験はなかった」。趣味で始めたブログで、国際条約で禁じられたクラスター爆弾がシリア内戦で使用された疑いを2012年に告発し、人道支援組織などから注目を集めた。現地に足を運ぶことなく、ソーシャルメディア上の500本近い動画を独自に検証した成果だった。

 クラウドファンディングで調達した資金でベリングキャットを立ち上げたのは14年7月半ば。「ネコの首に鈴を付ける」という意味のサイト名は、他人が嫌がる中で難局に立ち向かうイソップ童話に由来する。MH17はそれから数日後に撃墜された。

MH17撃墜事件のシンポジウム会場には犠牲となった298人を悼み、ひまわりが飾られた=ユトレヒト近郊で2019年7月16日、八田浩輔撮影

 事件直後から米国や北大西洋条約機構(NATO)は、ウクライナ東部の親露派武装組織がロシアから供給された地対空ミサイル「ブク」で撃ち落としたとの見方を強めた。一方のロシアと親露派はウクライナ軍の空対空ミサイルによるものと主張し、西側諸国と情報戦を展開した。

 「何が真実なのか。何が起きたのか」。ヒギンス氏の検証が始まった。

「この連中は我々よりも知っているのか」

 作業は、ブログで培った経験を発展させた。まず撃墜事件の前後にロシアとウクライナでソーシャルメディアに投稿された軍事用車両やミサイルなどの画像と動画を探し、いつどこで撮影されたのかの特定を始めた。それらを報道で流れる情報と突き合わせ、撃墜に使用されたミサイルが、ロシアからウクライナ東部の発射現場近くまで運ばれたことなどを指摘する独自記事を次々と発信していく。ロシア政府系メディアが「新証拠」として流す画像などを独自に分析し、真偽を検証するファクトチェックの機能も果たした。

 諜報(ちょうほう)分野では、世の中に公開されている情報を丹念に読み解いて機密に迫る「OSINT(オシント)」=オープン・ソース・インテリジェンスの略=は基本的な手法の一つとされる。ベリングキャットはこれをジャーナリズムで展開し、グーグルマップの衛星写真やストリートビューなどインターネットで入手できるあらゆる情報と技術を用いて対象に迫り、記事の根拠とする画像などと共に投稿する。

 捜査チームを率いるオランダ検察のベステルベーケ検事は、ベリングキャットが登場したことのインパクトについて、シンポジウムで率直に打ち明けた。「当初は衝撃的だった。この連中は何をやっているのか、我々よりも多くを知っているのかと。ある時(捜査チームの)誰かが言った。『電話しよう、彼らから学ぼう』と」

 同年10月、捜査員が英国を訪ねた。ヒギンス氏は振り返る。「数時間インタビューを受けて、一つ一つの投稿、証拠について説明した」「今思うと、あれは無料で訓練をしたようなものだった。しかし、私たちがやっていることは非常に価値があると言ってもらった」

 それからヒギンス氏は、調査結果を定期的に捜査チームと共有することになった。別の捜査幹部は、MH17事件の報告書で「(ベリングキャットから)提供された情報は常に真剣に検証した。時には捜査の端緒となり、我々が既に把握しながら公にしていなかった情報もあった」と明かしている。

 ベリングキャットはその年の11月に報告書を発表した。その中で、ロシア南西部を拠点とする露軍第53対空ミサイル旅団が、撃墜に使われた地対空ミサイル「ブク」を発射現場のウクライナ東部に運びこんだと結論付けた。捜査チームが衛星写真や傍受した通話記録などから証拠を固め、同旅団の関与を断定する中間報告をまとめたのは、3年半後の18年5月だった。捜査チームは、現在も親露派武装勢力が支配するウクライナ東部の墜落現場への立ち入りを認められていない。

英国のスパイ暗殺未遂事件でも「独走」

 ベリングキャットは、MH17事件以外でもスクープを連発している。昨年3月に英国南部でロシアの元二重スパイが化学兵器「ノビチョク」で狙われた暗殺未遂事件はその一例だ。英捜査機関が容疑者として特定した男たちについて、「GRU」の通称で知られるロシア軍情報部門の一員であることを突き止めた。ロシア側が容疑者は「現場を偶然訪れた民間人」だと主張する中、ベリングキャットはネット上に流出した軍教育機関の卒業者リストなどから容疑者の本名を割り出し、ロシア最高栄誉勲章の受章者であることも暴露した。

 彼らの手法は、紛争地など足場が悪い現場の情勢判断に、ソーシャルメディアが有効な手段の一つになり得ることを示した。戦争犯罪や人道に対する罪など紛争下での非人道行為を巡る事件を裁く国際刑事裁判所(ICC)にもノウハウを提供している。

撃墜に使われたロシア製の地対空ミサイルが移送された経緯を検証した「ベリングキャット」の記事。国際合同捜査チームは後にこの記事を追認する中間報告を公表した=ベリングキャットのウェブサイトより

 現在、ベリングキャットの常勤スタッフは10人に拡大し、寄付金と外部に取材技術を提供する有料ワークショップの収益で運営をまかなっている。ヒギンス氏は言う。「真実が知りたい。それが私たちをつなぐただ一つのものだ」

 MH17事件の公判は来年3月にオランダで始まる。ロシア政府は「全く根拠がない」として引き渡しに応じず、被告不在の審議となる可能性が高い。誰の指示で誰がミサイル発射のボタンを押したのか。核心に迫る捜査は今後も続く見通しだ。

 ベリングキャットは、訴追が発表された4人以外にも事件に関わった可能性がある複数の人物の名前を報じている。「事件の真相に近いのはベリングキャットか捜査チームか」。シンポジウムの会場で遺族から問われたベステルベーケ検事は「私たちだ」と即答し、続けた。「なぜなら我々にはアドバンテージがあるから。傍受した通話記録や目撃者からの情報提供などもある。ただし、それらは彼らとの共同作業によって生かすことができる」【八田浩輔】

 <マレーシア機撃墜事件>

 2014年7月17日、オランダのアムステルダムからマレーシアのクアラルンプールに向かっていたマレーシア航空の旅客機(MH17)が、ウクライナ東部で高度1万メートルを飛行中に撃墜され、17カ国の乗客乗員全298人が死亡した。オランダが主導する5カ国の合同捜査チームは今年6月19日、ウクライナの親露派武装勢力の支配地域から発射したロシア製ミサイルで旅客機を撃墜させたとして、武装勢力を率いたロシア治安機関元大佐など計4人の訴追を発表した。撃墜事件後、欧州連合(EU)は金融取引の制限などロシアに対する経済制裁を強化し、現在も継続している。

八田浩輔

ブリュッセル支局 2004年入社。京都支局、科学環境部、外信部などを経て16年春から現職。欧州連合(EU)を中心に欧州の政治や安全保障を担当している。エネルギー問題、生命科学と社会の関係も取材テーマで、これまでに科学ジャーナリスト賞、日本医学ジャーナリスト協会賞を受賞(ともに13年)。共著に「偽りの薬」(毎日新聞社)。Twitter:@kskhatta

おすすめ記事
広告
毎日新聞のアカウント
ピックアップ
話題の記事

アクセスランキング

毎時01分更新

  1. 飛び降りようとした女子中学生、引き留めた男性に感謝状 福岡・宗像

  2. 各地で猛暑 埼玉で38度の予想 「命の危険」気象庁、注意を呼びかけ

  3. 高校野球 星稜・林監督「奥川、末恐ろしい。こんな選手には一生めぐり合わない」

  4. 「けいおん!」「聲の形」など 松竹が京アニ映画の特集上映を発表

  5. 感謝状 橋に人影「もしや」説得し自殺防ぐ 女性を表彰 

編集部のオススメ記事

のマークについて

今週のおすすめ
毎日新聞社は、東京2020大会のオフィシャルパートナーです