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抗NMDA受容体脳炎

8年越しの社会復帰(1)闘病動画の29歳女性、得意の英語生かせる職場に

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東京出入国在留管理局で働く柳恵子さん=東京都港区港南5の東京出入国在留管理局で5月31日、照山哲史撮影

難病克服し、東京出入国在留管理局に

 映画「8年越しの花嫁」(2017年12月公開)で患者女性を土屋太鳳さんが好演して知られるようになった難病「抗NMDA受容体脳炎」。闘病時の激しい症状が注目されるが、社会復帰しても記憶障害などに悩む患者は多い。発症から8年後の今春、社会人1年生になった女性は最近になって、「弟の存在を思い出せない」と家族に打ち明けた。女性の闘病とリハビリ生活を振り返り、病気のもう一つの側面を3回にわたって報告する。【照山哲史】

 女性は、さいたま市の柳恵子さん(29)。恵子さんと家族が「病気を多くの人に知ってもらいたい」と提供してくれた闘病時の映像をもとに、ニュースサイトで初めてこの病気の連載を展開したのは2016年12月だった。映画公開の1年前で、07年に「発見」された病気がほとんど世間に知られていないころだ。恵子さんが今春、東京出入国在留管理局に就職したと聞き、職場を訪ねた。

 東京出入国在留管理局(東京都港区港南5)は、新宿、池袋駅などとともに乗降客数ランキングで常連上位のJR品川駅から都営の定期バスで約10分の距離にある。バスは朝の通勤時間帯ともなると2、3分おきに発車するが、どれも在留資格の手続き目的などの外国人らでほぼ満員だ。「東京入国管理局前」という3月までの管理局の名称のままの停留所に着くと、車内から掃き出されるように出てきた外国人らが目と鼻の先にある入り口へと吸い込まれてゆく。

 恵子さんはさいたま市にある自宅からバス、JR、都営バスを乗り継ぎ、約2時間かけて通う。12階建ての管理局の4階にある会計課が職場だ。ほとんどの外国人は留学や就労などの審査手続き窓口のある1、2階にいるため、恵子さんが勤める会計課や総務課などがある4階フロアに外国人の姿はない。

柳恵子さんの精神障害者保健福祉手帳(2級)=照山哲史撮影(画像の一部を処理しています)

障害者雇用枠での採用 高次脳機能障害で

 恵子さんは記憶障害などのため「高次脳機能障害」と診断され、「精神障害者保健福祉手帳」(2級)を持つ。高次脳機能障害は、交通事故などの外傷や、脳卒中などの病気で脳が損傷したことによる後遺症だ。記憶力や注意力が低下する▽疲れやすくなる▽感情を抑えられなくなる――などの特徴があり、日常生活上の困難が生じる一方、外見上は健康な人と見分けがつかないことも多く、「見えない障害」とも言われる。患者は全国に数十万人と推計されている。

 昨年、中央省庁で障害者雇用不正が発覚したことを受け、恵子さんは東京出入国在留管理局が入国管理局時代を含めても初めて募集した「障害者枠」での採用第1号となった。米国留学経験があり、2年ほど前から英語を改めて学び直して、実用英語技能検定(英検)準1級、TOEIC905点の恵子さんにとって「第1志望」の就職先だ。

 現在の仕事は、同管理局の物品購入や業務委託、工事などに関して支払った金額をまとめた書類を会計検査院に送る手続きの一部を担う。具体的には、「支出決定決議書」などの書類を会計システムから取り出した毎月の支払いデータと照合し、チェックする。恵子さんら2人の職員が毎月A4判約5000枚の書類を処理している。

発症4カ月前の柳恵子さん=米国カリフォルニア州で2011年6月26日撮影(家族提供)

 「職場の人間関係も良く、仕事は楽しいです。将来は、外国人相手に留学審査をするような仕事に取り組んでみたい」と語る恵子さん。見守る中津亘・会計課長は「慣れないこともたくさんあるだろうが、正規採用職員と遜色のない仕事ぶりだ。いずれは審査部門など現場の業務に携わってほしい」と期待を込める。

 今は何の障害もないように見えるが、8年前の米国留学中の発症、闘病を目の当たりにしてきた家族、治療に当たった医療スタッフの誰もが「今の彼女」を想像することはできなかった。「抗NMDA受容体脳炎」がどんな病気なのかを改めて理解してもらうために、まずは発症、闘病から振り返る。

米国留学時の発症 卵巣を摘出

 恵子さんが発症したのは米国留学中の11年10月のことだ。典型的な初期症状である、高熱や頭痛を伴う風邪のような状態から始まった。入院数日後には激しいけいれんに見舞われ、人工呼吸器を装着。この頃には完全に意識を失う。脳や神経系の病気が疑われ、検査の結果、抗NMDA受容体脳炎と診断された。

発症から退院までの経過

  奇妙な言動を伴うこの病気は、長く原因も治療法も分からず「悪魔払い」の対象とされてきた。卵巣奇形腫などによる免疫反応でできた特殊な抗体が脳を「攻撃」するメカニズムと分かったのが07年。比較的新しい病気だけに入院した病院も、当初は内科で対応したほどだ。病院にとって、恵子さんがこの病名による初めての患者だった。

 日本国内では年間1000人程度が発症すると推定され、患者の8割は女性で、4割は卵巣奇形腫などの腫瘍を伴う。治療は抗体ができないように奇形腫があれば取り除くが、恵子さんの場合、卵巣を含めて腫瘍が見つからなかった。免疫反応を抑える薬を使ったり、抗体を含んだ血漿(けっしょう)を交換したりした。しかし、日本なら原則的には使用できない、海外で有効性が認められている特殊な薬を用いても治療効果は出なかった。

 死亡率7%とのデータがある病だ。ひどくなる一方の不随意運動や高熱が続く恵子さんを前に、米国の医師が下した判断は卵巣そのものの摘出だった。米国では当時、この病気について「腫瘍がなくても予防的に卵巣を摘出する」治療が珍しくなかった。

入院直後の柳恵子さん=米国の病院で2011年11月3日撮影(家族提供)

 妊娠機会を奪うだけに家族も悩んだ末に受け入れた卵巣の摘出。発症から9カ月後の12年7月に手術が行われると、高熱は治まり、抗体の数値も減っていった。見舞いに来た家族の動きを目で追うなど回復の兆しが見えてきた。

 自発呼吸が始まり、人工呼吸器も取れたことから、同10月に米国からチャーター機で帰国。さいたま赤十字病院に入院し、翌月に埼玉精神神経センターに転院。けいれんを抑える薬などを減らしたことで、米国での入院時より激しい不随意運動の症状も一時的に出たが、13年初めには家族との間で意思疎通が可能になった。

2年9カ月の入院生活

 食事が取れるようになり、14年7月に退院し、自宅に戻った。入院生活は米国と合わせて2年9カ月に及んだ。この病気の平均入院期間は6カ月とのデータがあり、恵子さんの症状の重さが分かる。家族が待ち望んだ退院だったが、意識を回復しても記憶どころか人として生活を送る機能を失っていた恵子さんには、入院期間を上回る長いリハビリ生活が待っていた。(次回は8月3日掲載)

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