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あしたに、ちゃれんじ

関西各地で芽生えている市民の新しい活動を紹介します。

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JA大阪市の都市農業支援 農家に代わり田園守る=中川悠 /大阪

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水を張った田んぼの前で、ヒノヒカリの苗を手に笑顔を見せる益田健次さん=大阪市平野区のJA大阪市営農促進センターで2019年7月1日、中川悠さん撮影 拡大
水を張った田んぼの前で、ヒノヒカリの苗を手に笑顔を見せる益田健次さん=大阪市平野区のJA大阪市営農促進センターで2019年7月1日、中川悠さん撮影

 「今年の田植え、手伝ってもらえて助かったわ!」「JAさんが育ててくれた苗、よかったで。ええ米、できたわ!」--。1年の中で農業が本格化する田植えと収穫の時期には、大阪市内の高齢世代の農家から感謝の言葉が届く。

 都市部と思われている大阪市内でも、おいしい野菜や米が収穫されている。例えば、大阪が「天下の台所」と呼ばれていた時代から続く天王寺蕪(かぶら)や田辺大根などの「なにわの伝統野菜」。市内で多く育てられている米「ヒノヒカリ」。900軒以上の農家が今でも市民に農作物を届けてくれているのだ。

 しかし、農業を取り巻く環境は決して順風満帆ではない。10年前と比べると農家戸数は9%も減り、後継者不足から家族による経営が困難になってきている所も少なくない。

 そんな厳しい時代の中で、大阪市農業協同組合(JA大阪市)は農業の担い手が減ってきている状況に対応するため、高齢の農家に代わって田植え、土づくり、苗づくりなどを手伝っている。

 「今は真っ黒に日焼けしていますけど、本格的に農業に携わったのは、実は2年前からなんです」。そう話してくれたのは、援農の中心人物の一人である営農促進センターのセンター長、益田健次さん(53)だ。

 益田さんは1994年にJAに就職した後、ずっと金融関係の部署で働いていた。「外回りで農家さんを訪ねると『野菜、持って帰り』って両手いっぱいの野菜をくださるんです」。その取れたての野菜のおいしさが、若かりし彼の心を何度も動かした。

 そして時代が変わり、自身の年齢が上がるにつれ、顔見知りの農家さんから「農地をなんとかしてほしい」と農地の存続に関する相談を受ける機会が増えてきた。「そしたらね、なんだか居ても立っても居られなくなって。50歳を過ぎてから農業の現場に携わらせてもらうことになりました」。益田さんは少年のような笑顔を見せてくれる。

 「大阪市内のヒノヒカリというお米はね、とってもおいしいんです。近い将来、食べられなくなるのは悲しいですもんね」。市内は良質な地下水が潤沢にあり、ため池が多く見られる郊外に比べると、夏場でも新潟の米どころのように低い水温が一定に保たれている。米のおいしさに水温は大きく影響する。「この環境だからこそ作れる大阪の米、守っていきたいんです」。益田さんの目の奥には、未来への希望が燃えていた。

 大阪市内にも少し前までは、田んぼのある風景が広がっていた。しかし、見慣れた田園風景は、少しずつだが確実にマンションや商業施設に代わっていく。益田さんたちは今年も苗箱で5000枚分もの稲の苗を作り、田植えを手伝い、野菜や花を育てている。「大切な農地を減らさないように、私たちが農作業を請け負って農地を守っていきますよ!」。ピンチはチャンス。都市農業を守る闘いは、まだ始まったばかりだ。<次回は9月6日掲載予定>


 ■人物略歴

なかがわ・はるか

 1978年、兵庫県伊丹市生まれ。NPO法人チュラキューブ代表理事。情報誌編集の経験を生かし「編集」の発想で社会課題の解決策を探る「イシューキュレーター」と名乗る。福祉から農業、漁業、伝統産業の支援など活動の幅を広げている。

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