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モリシの熊本通信

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地球の反対で触れた思い /佐賀

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 先月、南米ボリビアを訪れた。南米に日本人が移住し始めてから今年で120周年。それに合わせ、日本とボリビアとの移住協定に基づき計画された「サンフアン日本人移住地」を取材しようと考えたのだ。

 移住地までは、ボリビア・サンタクルス県の県都、サンタクルス市から車で2時間半ほど。南北36キロの細長い形状をした移住地では、広大な農地で米や小麦などが栽培されている。盆踊りなどの行事も活発で、すれ違う日系人は笑顔で「こんにちは」とあいさつをしてくれる。日本から飛行機を乗り継ぎ丸2日間かけてようやくたどり着いた、文字通り地球の反対側。移住当初の苦難の歴史とともに紹介されることが多いサンフアンだが、「古き良き日本」が残る居心地の良い場所とも感じた。

 実はこの移住地、長崎や熊本など九州出身者が多いことから、九州の一部の方言が「サンフアン弁」として使われている。「知らん」「せんといけん」「しとったタイ」。なじみあるイントネーションで会話する20代の若者たち。その光景がたまらなくうれしい。中心部には何軒かの日本料理店もあり、ちゃんぽんが出てきた時にはさすがに自分が九州にいるものと錯覚した。

 滞在中は、熊本と福岡に住んでいたことのある藤井義男さん(74)にお世話になった。1963年、最後の集団移住となる第17次船団の一員として、両親、兄弟らとともにサンフアンに移り住んだ藤井さんは、現在サンタクルス熊本県人会の会長を務めている。県人会には、サンタクルスとサンフアンの日系人四十数名が所属。高齢者への「祝状伝達式」などで年に数回集まる。

 今回、藤井さんのご好意で、熊本県人会の食事会に参加させてもらった。私は持参した球磨焼酎と赤酒(熊本のおとそ)を参加者らに配りつつ、観光ガイドなどを手に熊本の近況を説明した。質問で多かったのはやはり熊本地震からの復興状況。今も多くの被災者が仮住まいを続けていることを説明すると、参加者からため息が漏れた。

 発災直後はテレビで常に情報を集めていたという人も多く、「何もできずもどかしい思いだった」と口をそろえる。実家が全壊したという、熊本県益城町出身の富永京子さん(83)は「両親との思い出が詰まった家がなくなったと聞いて悲しく、さみしかった」と振り返る。県人会では「少しでも力になりたい」との思いで、会員から募金を集め義援金として贈った。

 彼らの遠く離れた故郷・熊本を思う気持ちは、きっと復興の後押しとなるだろう。目頭が熱くなるのを感じつつ、その日は遅くまで球磨焼酎を酌み交わし続けた。


 ■人物略歴

田中森士(たなか・しんじ)

 マーケティング会社「クマベイス」(熊本市)代表取締役、ライター。熊本県立高常勤講師、全国紙記者を経て古里の熊本市で起業した。熊本地震後は、復興支援活動に携わりながら、執筆やイベントを通し、被災地の現状を伝えている。モリシは愛称。熊本市南区在住。

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