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五輪出場後に戦争などで命を奪われた「戦没オリンピアン」。その足跡を、元五輪選手が追っている。
7月末、広島市立大名誉教授の曽根幹子さん(66)は遺族への聞き取り調査のため東京都内にいた。自身、走り高跳びで1976年モントリオール五輪に出場した。この日訪ねた先は、24年パリ五輪で競泳100メートル背泳ぎ6位の斎藤巍洋(たかひろ)さんの義娘・麗子さん(83)。古い写真やメダルを見ながら質問を重ねていく。「どんな人柄だったのでしょう?」「慕っていた人たちがよく家に集まり、一緒に近くのプールに泳ぎに行っていたようです」--。
毎日新聞記者だった斎藤さんは指導者としても優れていた。当時は珍しかった水泳の教則本を何冊も書き、36年のベルリン五輪競泳800メートルリレー金メダルの新井茂雄さんら多くの名選手を育てる。当時、世界に名をはせた「水泳日本」の立役者だった。斎藤さんが指導している写真を見つけた曽根さんは「すごくうれしそうな表情」と顔をほころばせた。
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