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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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2019夏・ちば/1 自らのルーツたどる語り部 中村紘さん(76)=八千代市 /千葉

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被爆した旧広島市庁舎の壁で作られた八千代市の平和祈念碑の前に立つ中村紘さん=千葉県八千代市で
被爆した旧広島市庁舎の壁で作られた八千代市の平和祈念碑の前に立つ中村紘さん=千葉県八千代市で

記憶はないが…授業しつつ追体験

 被爆者の中には、語り部を通じて自分のルーツをたどった人もいる。

 「当時の記憶は全くない。ただ銀色の光が頭の片隅に残っているだけだ」。八千代市の中村紘さん(76)は、爆心地から2・2キロ離れた広島市段原中町(現広島市南区段原)の実家で被爆した。当時2歳9カ月。覚えていることは何もない。

 物心が付いたころから、母の幸子さんに当時の様子を何度か尋ねるようになった。だが、幸子さんは「あれは地獄だった」と言うだけで、何も語りたがらなかった。

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【広島・長崎原爆】

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