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広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

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広島原爆

「戦争駄目、助け合う世界に」 「原爆症うつる」誰も来なくなったことも 被爆91歳で大津の奥村さん語る /滋賀

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被爆体験を語る奥村チエミさん(右)と被爆2世の長男徹行さん=大津市北小松で、諸隈美紗稀撮影
被爆体験を語る奥村チエミさん(右)と被爆2世の長男徹行さん=大津市北小松で、諸隈美紗稀撮影

 「8月6日の3、4日前になると、あの時を思い出す。原子爆弾がピカッて光って、ドーンと落ちた」。1945年8月6日、女学校4年生だった当時、広島市内で被爆した奥村チエミさん(91)=大津市北小松=が振り返った。「戦争は駄目。みんなで助け合う世界になってほしい」。被爆者の高齢化が進み、戦争の記憶が薄らいでゆく中、広島への原爆投下から6日で74年となる。【諸隈美紗稀】

 奥村さんは広島県旧吉和村(現廿日市市)出身。6日朝、カボチャをもらいに出かける途中、被爆した。爆心からは約1・7キロ。近くにあった銀行の建物の影に隠れ、命は救われた。周りを見渡すと、皮膚が垂れ下がっている人、黒焦げになった人がたくさんいた。

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【広島・長崎原爆】

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