特集

広島・長崎原爆

1945年8月、広島・長崎へ原爆が投下されました。体験者が高齢化するなか、継承が課題になっています。

特集一覧

解散相次ぐ被爆者団体 「体験の継承、平和の伝承」に力を注ぎ

  • ブックマーク
  • 保存
  • メール
  • 印刷
当時の様子を語る阿部磨智恵さん=広島市南区のJR広島駅前で2019年8月6日午前10時32分、平川義之撮影
当時の様子を語る阿部磨智恵さん=広島市南区のJR広島駅前で2019年8月6日午前10時32分、平川義之撮影

 広島市中区の平和記念公園で6日営まれた平和記念式典に参列した都道府県の遺族代表は昨年より4人少ない36人で、両親やきょうだいを失った被爆者に加え、被爆2世の高齢化も印象づけた。被爆者健康手帳を所持する人の平均年齢は82歳を超えており、各地の被爆者団体では解散が相次いでいる。

 三重県の遺族代表で式典に参列した同県名張市の阿部磨智恵(まちえ)さん(93)は看護師だった19歳の時、救護活動のため原爆投下の2日後に広島駅から入市し、被爆した。今年3月末現在で、県内に住む被爆者は309人。県の被爆者団体「三友会」にはかつて六つの地域支部があったが、現在は五つに減った。年度内にも阿部さんが転居することとなり、会長を務める名張市の支部も解散の方針を決めた。

 各地の団体は被爆者からの相談に応じて援護施策を紹介するほか、核兵器廃絶に向けた署名活動や体験の継承にも力を注いでいる。一方で被爆者は減少の一途をたどっており、阿部さんは支部の解散について「施設に入って活動できない被爆者が多く、仕方がないと思う半面、戦争を知らない世代が今後の平和を守ってくれるのかという不安がある」と言う。

この記事は有料記事です。

残り332文字(全文820文字)

【広島・長崎原爆】

時系列で見る

関連記事

あわせて読みたい

マイページでフォローする

この記事の特集・連載
すべて見る

ニュース特集