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「来年の東京パラリンピックで100メートル決勝に残りたい」と語る西勇輝=東京都町田市立陸上競技場で6月25日

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子どもたちにかっこいい姿を見せたい

 「障害者のオリンピック」に「パラリンピック」という愛称が初めて使われたのは1964年の東京大会だった。日本パラリンピック委員会(JPC)の公式インターネットサイトによると、この時の日本代表53選手のうち、開催地・東京都から出場したのは、陸上競技、水泳、卓球の3競技にエントリーした菅牧夫だけだった。だが、来年の大会には、地元での国際舞台を目指す東京出身の選手も少なくない。その一人で、プロ野球・阪神タイガースの先発投手と同姓同名の25歳、西勇輝(にし・ゆうき)=野村不動産パートナーズ=は「パラ陸上の西も知ってもらいたい」とトレーニングに励む。

     サッカー・町田ゼルビアの本拠地でもある東京都町田市立陸上競技場を6月下旬に訪ねた。この日の午前中は、「ジョグより少し速い」というスピードでトラックを回り、午後は専門の短距離に特化したトレーニング。日によって、ジムでトレーナーの指導を受けている。

     西東京市出身の西は先天性障害の二分脊椎(せきつい)症で、車いすを常用する。両親が大の野球好きで、就学前から読売ジャイアンツ球場(川崎市多摩区)に通い、選手たちの練習を見て育った。大の野球ファンだということはよく分かる。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)でも、野球場を自身のアイコンにしているほどだ。

     小学校高学年の時、車いすスポーツの体験会に出たことをきっかけに、陸上競技やバスケットボールを始めるようになった。競技を始めて約3カ月だった2004年12月に、神奈川県横須賀市であった大会に出場した小学5年の西は「やはりレースは緊張した。コーナーを回るときに右手の押さえをもっと強くしなければ」と、毎日新聞記者の取材に答えている。 その後、車いすバスケではジュニア日本代表に選ばれ、海外遠征も経験。陸上では、中学3年だった09年に東京であったアジアユースパラで初の日本代表になり、車いすレースの100メートル、200メートルで金、400メートルで銀を獲得。12年に高校を卒業すると陸上に専念。国士舘大体育学部に入って翌13年にマレーシアで開かれた同じ大会では日本選手団主将を務め、前回銀の400メートルで雪辱を果たし、他の2種目は連覇を果たした。リオ・パラリンピック直前の16年3月にも、アジアオセアニア大会では3種目でメダルを獲得したが、16年のリオ大会出場は果たせなかった。

     同年から現在の勤務先に就職。同僚のサポートを受けながら、競技に専念できるようになった。17年7月にロンドンであった世界選手権では、200メートルで8位入賞を果たした。だが、西のクラス「T54」では、来年の東京パラで200メートルが実施されない。今後、国内外でコンスタントに結果を出し、東京大会の出場権を得たら、「100メートルで決勝に残りたい」と目標を語る。「100メートルは、パラ陸上の華だと思う。パラリンピック全体でもメーン種目だと思っている」からだ。

     「僕が野球選手に憧れたように、子どもたちが僕の姿を見て、『スポーツ選手ってかっこいい』『目標にしたい』と言うきっかけになれば」。そのために、今日も車輪を漕ぐ。=敬称略(毎日新聞社オリンピック・パラリンピック室委員、山口一朗)

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