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会いたい・2019年夏 力道山 五輪で南北統一チーム期待か

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プロレス・アジア選手権でキング・コング(中)に空手チョップを浴びせる力道山(右)=東京都台東区の蔵前国技館で1955年11月22日
プロレス・アジア選手権でキング・コング(中)に空手チョップを浴びせる力道山(右)=東京都台東区の蔵前国技館で1955年11月22日

力道山 プロレスラー(1963年12月15日死去、享年39)

 その日、力道山の夫人、田中敬子さん(78)は国立競技場にいた。1964年10月10日、東京五輪の開会式である。座席は聖火台へと続く階段の近く。快晴の空に自衛隊機が描く大きな五輪のマークが目に焼き付いている。どよめく競技場、アジアで初めて開かれる世紀の祭典に元日航国際線の客室乗務員だった彼女の心も高鳴ったが、寂しさはどうしようもなかった。「一緒に招待されているはずの主人がいませんでしたから……。余韻に浸ることもなく、赤ん坊の待つ自宅にすぐ帰りました」

 2回目の東京五輪まで1年に迫ったとのニュースにせき立てられながら、私は力道山のことが気になっていた。戦後日本のヒーロー、空手チョップで一世を風靡(ふうび)したプロレスラーは東京五輪を心待ちにしていたという。だが、その前年の12月、東京・赤坂のナイトクラブで若い暴力団員に刺され、無念の死を遂げる。彼が夢見たものは何だったのか? 会いたい。聞きたい。むろん、かなわぬから、敬子さんが店長をしている水道…

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