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れとろ探訪

北の大火と蜆川 /大阪

多くの建物が焼け落ちた堂島と曽根崎新地。中央は蜆川で、火災でできたがれきで埋められた=1909年8月撮影

 1909(明治42)年7月31日午前3時40分ごろに現在の大阪市北区松ケ枝町で発生した「北の大火」はまたたく間に西方向に燃え広がった。

 大阪毎日新聞では翌日の8月1日から火災を伝える大量の記事が見られる。火は現在の東天満周辺から西天満を焼き、堂島を焼け野原にして、梅田から福島まで達した末に鎮火した。25時間以上燃え続け、東西で3キロ以上、南北で最大500メートルの範囲が焼失した。大江橋を焼き落とし、堂島川を挟んだ中之島公会堂にも飛び火したが、何とか消…

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