あの日の光景、今も夢に 体に傷残る88歳被爆者 平和祈念式典で静かに黙とう

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 「どんな理由があっても、原爆は二度と使われてはならない」。長崎原爆の日の9日、千葉県市川市から平和祈念式典に参列した井上勇(いさむ)さん(88)は、今も体に74年前の傷が残る。3年ぶりに訪れた長崎で、世を去った友人らを追悼するとともに、被爆体験を語り継ぐ決意を新たにした。

 長崎商業学校に通っていた1945年8月9日、爆心地から約1.1キロの校舎で被爆した。14歳だった。学徒動員で魚雷の一部を製造していた。爆風で吹き飛んだ無数のガラス片が背中一面に突き刺さった。教室に「真っ黄色の煙が充満した」のを覚えている。

 友人4人とクラスごとに掘っていた防空壕(ごう)に逃げ込んだ。体が焼けただれ、男か女か分からない人たちが叫び声を上げながら避難してきた。居合わせた兵隊に「新型爆弾が落ちた。寝たらそのまま死ぬぞ」と言われ、友人同士で寝ないように声をかけ励まし合った。周りでは次々と人が息絶え、壕に響いた叫び声は消えていった。

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