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毎日新聞朝刊1面の看板コラム「余録」。▲で段落を区切り、日々の出来事・ニュースを多彩に切り取ります。

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若者が野道に落ちていたぼた餅を見つけ…

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 若者が野道に落ちていたぼた餅を見つけ、拾って食べると馬糞(ばふん)だった。旅人が夜道に現れた美しい女の人に勧められ、風呂に入ると肥だめだった--。鳥取県境港市出身の漫画家、水木しげるさんは幼いころ、そんな不思議な話を近所のおばあさんに聞かされて育った▲おばあさんは「のんのんばあ」と呼ばれていた。のんのんとは神様や仏様の意味だ。みこのような存在だったのだろう。水木さんはエッセーに「僕のお化けの教師」と書いた。この人と出会わなければ、あの妖怪漫画は生まれていなかったかもしれない▲故郷に帰省し、神仏に触れる時期だ。今年のお盆休みは曜日の並びから、めったにない大型連休になった。いつにも増して、故郷で長く過ごす人は多いはずだ▲増え続ける外国人観光客の間で体験型ツアーが人気だが、今ごろなら、夏祭りや盆踊りへの関心が高いという。お盆に帰ってきた先祖と現世の人々が交信する。明治期に来日したラフカディオ・ハーンもそうだったように、日本の精神文化に魅了される外国人は少なくない▲お盆には、水木さんの故郷でも迎え火がたかれる。送り火をたく日には、のんのんばあが「来年またござっしゃれや」と叫ぶ。そしてわらの舟にナスやキュウリの供物を乗せた精霊流しが海に向かう。幼い水木さんは「僕はいよいよ、まだ知らない世界の実在を信じこんだ」という▲お盆が来るたびに、目に見えない畏怖(いふ)すべきものの存在を感じる。日本の夏にはまだそんな神秘さがある。

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