この夜、白馬荘に帰りついたのは午後九時半すぎだった。こんこん足音を鳴らして赤錆(さび)だらけの鉄骨階段をあがりきると、おかしなことに気づいた。だれもいないはずなのに、二階のまんなかに位置する自室に明かりがともっている。電灯を消しわすれて出かけたことは過去にいっぺんもなかったが、これが人生初の経験というやつだろうか。
思いがけない異変を軽く受けとめつつ、横口健二はいつもどおりに部屋の鍵をとりだしながら共有通路をすたすた歩いていった。つづいてその真鍮(しんちゅう)の棒鍵をドアノブの下にある鍵穴へ挿しこみ右へまわしかけると、すでに解錠されていると知ってあれっとまた思う。施錠を忘れて外出したことも過去にいっぺんもなかったが、これが人生初がふたつかさなったという希有(けう)な瞬間ではないのは即座にわかった。
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