特攻で戦死した兄は勇ましい辞世の歌を詠んだ。けれど、その直前、家族を思う歌も残していた。それから74年。「兄は、死を目前にどんな思いでいたのか。悲劇を二度と繰り返してはならない」。兵庫県宍粟(しそう)市の山下直昭さん(76)は訴える。【岡崎英遠】
山下さんと、20歳離れた長兄の久夫さんは、現在の兵庫県たつの市の農家で生まれ育った。末っ子の山下さんの名付け親は、当時、関西大予科に在籍していた久夫さん。勉強ができて家族思いで、両親にとって自慢の息子だった。
しかし、戦局の悪化に伴って文科系学生の徴兵猶予が取り消され、久夫さんは1943年12月、海軍に入隊。45年4月28日、鹿児島の第二国分基地から神風特別攻撃隊の一員として九九式艦上爆撃機で沖縄方面に出撃し、帰らぬ人となった。22歳だった。
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