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ミュージカルはなぜ突然歌って踊る? 映画「ダンスウィズミー」はそんな疑問をぶつけた作品 矢口史靖監督インタビュー

映画「ダンスウィズミー」の一場面 (C)2019「ダンスウィズミー」製作委員会

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 「ウォーターボーイズ」(2001年)、「スウィングガールズ」(04年)などのヒット映画で知られる矢口史靖監督の最新作「ダンスウィズミー」が16日から公開される。「ずっとやりたかった」というミュージカル映画だが、「人が突然歌って踊るって、実際問題かなり変だよな」という疑問をミュージカルに抱き続けてきたという。そんな疑問に正面からぶつかった今作への思いを聞いた。【井上知大】

「スウィングガールズ」の頃から温めていたミュージカル

 主人公の鈴木静香(三吉彩花)は、東京の大手商社に勤める“勝ち組OL”。ある日の休日、めいっ子と訪れた遊園地でうさんくさい老人に催眠術をかけられ、音楽が聞こえると、ところ構わず歌って踊り出す体になってしまう。大事なプレゼンもデートもぶち壊して周囲から変人扱いされた静香は、まともな社会人生活を取り戻すため、謎の老人催眠術師を探すために旅をするロードムービーだ。劇中、主人公たちは、おしゃれな洋楽ではなく、世代を問わずに慣れ親しまれた邦楽で歌い踊る。

インタビューに答える矢口史靖監督=東京都港区で2019年8月8日午後1時32分、内藤絵美撮影

 「ミュージカル映画はずっと好きで見てきたけれど、何か引っかかる困ったジャンルだった。突然、人が歌って踊って、また普通の芝居に戻るでしょ。あんなの完全に不審者じゃないですか。どの映画とは言わないけれど、高速道路で車止めて上に乗って踊っていたら警察に捕まります(笑い)」

 そんな矢口監督がミュージカルを撮りたいと最初に感じたのは「スウィングガールズ」の撮影時。当時はまだ無名だった上野樹里ら若手俳優たちに、サックスやトランペット、ドラムといった楽器を演奏させた。映画のヒットと共にメンバーの演奏会も各地で行われるなど話題を呼んだ。

 「『スウィングガールズ』では、1シーンだけミュージカルを取り入れたくて台本も作った。でも、プロデューサーに『ただでさえ、演技経験も豊富ではない若手に、楽器の演奏までさせている。そこにミュージカルも加えたら、演技も楽器もミュージカルも全部が中途半端になるからやめなさい』って止められたんです。正直、僕はピンと来なかった。本心では『ミュージカルくらい、できるでしょ』って(笑い)」

インタビューに答える矢口史靖監督=東京都港区で2019年8月8日午後1時19分、内藤絵美撮影

 実際、「スウィングガールズ」の主要キャストは、撮影前からずっと楽器の練習をしていたが、撮影中も継続して練習していた。そうした状況を考慮し、プロデューサーの指示に従ってミュージカルシーンをあきらめた矢口監督。以来、ずっとミュージカルを撮りたいという気持ちを持ち続けていた。

 「『急に歌ったり踊ったりするというのが変だから好きじゃない』って言う人の気持ちもすごく分かるし、自分もそう思ってきた。しかも、これは誰も言わないのだけれど、実は多くのミュージカル映画って、全くミュージカルである必要ない。ミュージカルシーンを外したところで普通に物語として成立する。だから、せっかくミュージカルをやるんだったら、ミュージカルじゃなければ描きようがないものを作りたいと思っていました。そして、ある時浮かんだのが、催眠術。自分ではあらがえずに、音楽が鳴るとミュージカルをしてしまう主人公の設定が思いついた時に、いよいよやるべき時が来たなと思いました」

日本語ミュージカルの気恥ずかしさを乗り越える

 ラブストーリーやショービジネスの舞台裏の物語など、よくあるミュージカル映画の設定は、言われてみれば確かに歌唱シーンが無くても成立するかもしれない。矢口監督はミュージカルへの自身の思いを「好きではあるが、理屈としてはおかしいと突っ込みたい気持ちもある、ゆがんだ愛情」と表現。今作「ダンスウィズミー」の劇中でも、主人公・静香に、急に歌って踊ることに対する疑問をセリフで語らせている。しかし、「私もミュージカルって変だと思っている」「これは催眠術で仕方なくさせられている」などと、ある種の“予防線”を張ってしまうことで、余計に観客が見ていて恥ずかしくならないのだろうか。

 そんな私(記者)の疑問に矢口監督は指をパチンと鳴らし、口元を緩めて答えた。「それが、全くないんです」。既に国内外で試写会を行い、観客の反応をつぶさに見てきた矢口監督は「各地で『ミュージカルは苦手だけれど、この映画だったら楽しく見られた』という感想をもらっている。狙い通りのところで笑ってくれているし、どうもうまくいっているみたいです」と自信をのぞかせる。

映画「ダンスウィズミー」の一場面 (C)2019「ダンスウィズミー」製作委員会

 「この映画の最初の壁、つまりその『恥ずかしさ』の壁は、日本人のミュージカル映画だというところ。欧米の映画って、言語も文化も景色も違うから、最初からフィクション要素が大きい。ミュージカル映画として、外国人の役者が日本とは全然違う海外の風景をバックにやっても受け入れられやすい。でも、日本人の役者が日本語で演じて歌って、日本の景色をバックにしてやるとなると、なかなか難しい。この部分が、これまで日本のミュージカル映画を縛り付けていたと思う。フィクションだと言っても、恥ずかしさを乗り越えてこない。そこで、どうやったらその恥ずかしさの壁を突破できるかと考えたときに、思い切った飛び道具として『催眠術』を使いました」

 「でもそういうスイッチがあればいいかというとそれだけではない。やっぱりミュージカルシーンのクオリティーがしっかりしたものになっていないと、見ているお客さんに『なんだ、こんなもんか』とがっかりされてしまう。この映画では皮肉を込めて、『ミュージカルが現実で起こったらこんな大惨事になります』というところを見せていますが、『ミュージカルって変ですよね』がメインテーマではない。『それでもミュージカルってちゃんと面白いんです』というところも両立したかった。だから、シナリオ上の面白さだけではなくて、ミュージカルシーンを“ガチ”で、出演者全員が吹き替え無しで、質の高いものにするのが命題でした」

 主演の三吉彩花さんは、オーディションで選ばれた。主人公・鈴木静香は、歌う、踊るの技量に加えて、等身大の女性として自然にスクリーンの中に存在できる人を求めた。舞台で経験を積んだミュージカル畑の役者も選択肢にはあったが、遠くの席からも分かる舞台演技は、レストランで食事をする、会社で仕事をするといった矢口監督が求める日常感にうまくハマらなかった。

 「舞台系の方は歌も踊りもすごくうまいけれど、今作の静香は、歌って踊ってしまう度に、実生活がめちゃくちゃになって落ち込んでいく。だから、歌っているときとそうでないときのギャップが必要でした。三吉さんは、普段からとてもクールな方。オーディションのときは、ずっとうつむいていて、僕は「何か怒っているのかな」って心配していたくらい。でも歌うときは変身して表情も明るくなる。『これが探していた人だ』と思って決めました。後に、オーディションのときに不機嫌そうだったことを聞いたら、ただとても緊張されていただけだったみたいですが」

無名俳優の起用と吹き替え無しへのこだわり

インタビューに答える矢口史靖監督=東京都港区で2019年8月8日午後1時16分、内藤絵美撮影

 男子高校生によるシンクロナイズドスイミング(現アーティスティックスイミング)を描いた「ウォーターボーイズ」、ジャズに打ち込む女子高生の青春群像「スウィングガールズ」などと同様に、今作も撮影前から長い期間、俳優陣への“特訓”を強いた。三吉さんは、クランクイン前に2カ月、撮影に入ってさらに2カ月、猛練習を行った。一つの作品にここまで長く濃密に携わることを要求できるのは、ブレーク前の若手に限られてしまう。矢口組からは妻夫木聡、上野樹里といったスターが生まれているが、こうした若手起用や、役者への実演にこだわるのはなぜなのか。

 「正直なことを言うと、その方(若手の役者に実演させる)が楽だから。楽器でも、ダンスでも、吹き替えたりすると、バレないようにカメラアングルとかいろいろなことを考えないといけない。さらに撮った後の編集中にも『違う顔が見えてしまった』とか気付いたとすると、顔をCGで合成するのかとか、さらにいっぱい問題が出てくる。そんなこと面倒くさくってやってられない。役者本人たちに練習する時間があるのなら、全部やってもらえば、ごまかしようがないし、いくらでも撮れてどこにでもカメラが入れる。ただ、これをするには時間のある、忙しくない人に限られる。だとすると売れていちゃ困るから、必然的にオーディションになる」

 「もう一つは、有名俳優ではない方が観客の気持ちに刺さる面もあるから。有名な俳優の映画を見るときって、『あの有名人がこの役をやるんだ』という姿勢で映画館に来たり、その前の作品のイメージがあったりする。一方、あまり顔を知られていない俳優の場合、観客は見ている間に物語のキャラクターと演じている俳優がどんどん一致してくる。この街に行けば、この人が本当にいるのではないかって現実感に結びつく。物語の中にフレッシュさもあるし、映画ができあがった後、役者がスクリーンの中で輝いていくと思う。有名俳優を主要メンバーでキャスティングするというのは、ある意味で保険を掛けると言うことだと思っていますが、そんな保険をかけたら映画が当たるのかと言えば、そうではない。ただこれは『ダンスウィズミー』が当たるかどうかで証明されるのかもしれません。自分の場合、過去の『ウォーターボーイズ』や『スウィングガールズ』は、うまくいったかもしれませんが、その後の作品は必ずしも狙い通りの興行的な成功をしているとは言えないので(笑い)。でも、こういう自分の作り方が、お客さんに対して真摯(しんし)だと思ってやっているつもりですが、それでも(多くの人に)見てもらえないときは悲しい(笑い)」

主人公と共に自分再発見を

新作映画「ダンスウィズミー」の公開を前にインタビューに答えた矢口史靖監督=東京都港区で2019年8月8日午後1時18分、内藤絵美撮影

 今作の主人公・鈴木静香は、一流大学を出て、一流企業に勤め、都内のタワーマンションに住むなど、多くの人からうらやましがられるステータスを手にしている。しかしそれは、幼少の頃のある出来事がきっかけで、自分を奮い立たせてきたから。そして、音楽を聴くと歌って踊ってしまう催眠術にかかってしまった原因にもつながる。静香は異常な“ミュージカル体質”になったことで、身につけていたものがどんどんと奪われる一方、怪しい催眠術師を捜す旅の中、静香は、自分の精神が解放されていくことに気付く。撮影で参考にしたミュージカル映画はあったのだろうか。

 「小さい頃に見た『ウエスト・サイド物語』『サウンド・オブ・ミュージック』は参考にしました。(スタジオ内の撮影でなく)ロケで思いっきりミュージカルをしているので。ミュージカル映画ってショーマンが、きれいな衣装を着て、スタジオで撮影していることが分かるものが多いのですけれど、今作『ダンスウィズミー』は、現実世界で歌って踊ってしまう変な人が主人公。やっちゃいけない場所でやっちゃうところが面白い訳ですから、スタジオではダメ。ミュージカルシーンは、オールロケーションで撮りました。静香が会社のプレゼン会議で歌い出してまうシーンも、とある企業のオフィスを借りて日曜日に撮影しました。置いてあるパソコンとか全て本物。静香は、シュレッダーのゴミを紙吹雪にして踊るのですが、撮影が夜までかかってしまって。翌日には業務が始まるので、片付けも含めて大慌てでしたね」

 何度か出てくるオフィスのシーンは、静香の心象を表している。大手商社勤務で外形的なステータスを手にしているものの、やっている仕事はシュレッダーのゴミ掃除という場面が冒頭にある。それを歌いながらぶちまけることで、満たされない思いが解放されていく。

映画「ダンスウィズミー」の一場面(C)2019「ダンスウィズミー」製作委員会

 「(登場人物が)普段着であるところも『ウエスト・サイド物語』『サウンド・オブ・ミュージック』からの影響です。特に『ウエスト・サイド物語』は、汚い街角でジーンズにTシャツの汚れた普段着の若者が踊る。それまでの絢爛豪華(けんらんごうか)なミュージカルのイメージを破壊した。「ダンスウィズミー」も終盤のシーンをのぞいて基本は普段着です。その普段着の意味も見て楽しんでもらえたら。とにかくこの映画は、どうしてもミュージカルが苦手だった人こそ楽しめる映画。そして元々ミュージカル好きな人にも満足してもらえる。日本映画のミュージカルをブレークスルーできるような作品になれるよう頑張りました。『自分再発見』の旅を主人公と一緒に味わってほしいです」

やぐち・しのぶ

新作映画「ダンスウィズミー」の公開を前にインタビューに答えた矢口史靖監督=東京都港区で2019年8月8日午後1時49分、内藤絵美撮影

 1967年5月30日生まれ。神奈川県出身。東京造形大学入学後、映画研究会(サークル)に入って8ミリ映画を撮り始める。「1年生の時に撮った20分くらいの作品が文化祭でウケてやみつきになった」。90年に長編作品「雨女」が「ぴあフィルムフェスティバル」でグランプリを受賞。93年に「裸足のピクニック」でデビュー。他の主な作品は「ハッピーフライト」(2008年)、「ロボジー」(12年)など。

井上知大

2013年入社。静岡支局を経て18年から学芸部。テレビ、ラジオなど放送分野に続き、19年からは映画を担当している。

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