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没後200年・伊能忠敬を歩く

2018年は伊能忠敬が没して200年。ゆかりの地を記者が訪ねました。

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没後200年・伊能忠敬を歩く

/16 宮城県大河原町・柴田町 船岡城と大山、木陰で涼む

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1本だけ生えるモミの木は、船岡城址の目印となっている=2019年8月3日、広瀬登撮影
1本だけ生えるモミの木は、船岡城址の目印となっている=2019年8月3日、広瀬登撮影

 連日、雨に見舞われた伊能忠敬率いる測量隊。大河原宿(宮城県大河原町)を仙台城下国分町(仙台市)へ向け出発した1800年6月19日朝、ようやく梅雨の晴れ間がのぞいたようだ。「測量日記」には「晴天」の文字が記されている。

 記者が訪れた8月上旬も快晴。ただ、晴れの程度が少し過ぎていたようで、じりじりと照りつける太陽の下、午前中から気温は30度を超えている。大河原の街を貫く奥州街道を少し歩くだけで、汗がしたたり落ちる。

 甘い物を食べて元気を出そう。地元の名物菓子「霜ばしら」や「晒(さらし)よし飴(あめ)」の在りかを尋ねに街道沿いの「大河原町にぎわい交流施設」に入るも、「口に入れるとふわりと溶けてしまうほど、とっても繊細。高温に弱いから夏は売っていないんですよ」と告げられる。確かに、もらったパンフレットに掲載された白いあめは霜柱そのもの。この暑さなら溶けて当然と、少し悔しいがあきらめる。

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