玉音放送5時間後「最後の特攻」11機が飛び立った…国が認めぬ死、語り継ぐ命 大分

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「最後の特攻隊」の慰霊碑について説明する河野充宏さん=大分市青葉町の大洲総合運動公園で2019年8月14日午前9時30分、尾形有菜撮影
「最後の特攻隊」の慰霊碑について説明する河野充宏さん=大分市青葉町の大洲総合運動公園で2019年8月14日午前9時30分、尾形有菜撮影

 大分市の大洲総合運動公園にかつてあった大分海軍航空基地から74年前の8月15日夕、11機の特攻機が沖縄方面に飛び立った。第5航空艦隊司令長官の宇垣纏(まとめ)中将(当時55歳)が率いる艦上爆撃機「彗星(すいせい)」。宇垣に付き従った19~24歳の隊員17人が命を落としたが、その若い死は「特攻隊の死」とは認められなかった――。

 「地元の人でもこの『最後の特攻隊』を知らないんです。国にも特攻隊として受け入れられてないですから」。終戦の日の15日、慰霊碑近くの津留地区自治委員連絡協議会の河野充宏会長(81)は、若くして亡くなった隊員らの冥福を祈った。

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