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日本文化をハザマで考える

第10回 東アジアの国々の人々が初めて箸を知り、キッシンジャーのように面食らった時

毛沢東(右)とヘンリー・キッシンジャー。奥は周恩来

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 箸というものは、東アジアの文化になくてはならない物である。そのため私は何千年も昔から、中国で使い続けられてきたものと思い込んでいた。しかし、最近、エドワード・ワン氏著「箸はすごい」を読んで、箸は思ったより最近使われ出したと知って驚いた。

 何千年もの間、古代中国では、箸は食事をするための主たる道具ではなかったし、それどころか、米も主食ではなかったのだ。10世紀までは、北部中国では黍(きび)が主食で、それを食べる道具はスプーンだった。もしも食べる時に使うとしても、箸は単なる飾り物だった。孔子と彼の弟子は手で食べていたのだ。

 そんな箸が今日のように使われるようになったのには、数々の要因があるようだ。1世紀ごろ、中国人は小麦粉を作り始めた。麺や点心を食べるようになったので、スプーンよりも箸の方が使いやすかった。その後、北部と南部との間で多くの人々が移住し、政府が新しい米の品種の栽培を奨励したせいもあって(米は温暖、湿潤な南部の食べ物であった)、きびとスプーンは米と箸とに取って代わった。そして、米と箸との新しい世紀が始まったのである。

 箸で食べるということは、その準備として食べ物がナイフで切られていたことを意味する。実際、古代中国の貴族階級は動物を殺したり、それを切ったりする必要がなかったので――肉はすでに一口サイズに調理してあった――箸は料理するところではなく、食事をするところで使われるようになった。肉を刺したり、切ったりする必要がなければ、どうしてナイフとフォークが要るだろうか。

 箸の使い方が広がったのは、単に食べ物の違いではなくて、それが使われる文化にもあった。韓国人は伝統的なスプーンと箸の組み合わせを踏襲し、箸には金属製が好まれた。金属製品の製作に優れた伝統があったのみならず、モンゴルの侵入からもたらされた、肉中心の食事をしていたからでもあった。

 ベトナム人は、長く中国文化が主流であったので、食べ物はすべて箸で食べた。しかし中国の文化の影響から、より離れたタイでは、主に麺を食べる時に箸を使い、米を食べる時は手を使うことが多かった。

 元米大統領、リチャード・ニクソンとその相談役が、1972年に歴史的な訪中を果たすにあたって、箸の使い方を事前に練習したそうである。大統領補佐官や国務長官を務めたヘンリー・キッシンジャーは全く箸が使えなかったと知り面白いと思った。

 しかし、東アジアの国々――タイ、ベトナム、韓国、日本――の人々でもかつて、初めて箸を知り、キッシンジャーのように面食らったことがあったに違いない。極右派の「神風連」が、1870年代に日本におけるすべての西洋化に反対した時、西洋の様式をまねて新しく作られた紙幣は箸でつまんだ、というのは皮肉である。

 かつては全く目新しくなじみのなかった、よそから入って来たものが、時間と共に自分たちの文化から離して考えることができない物に変わっていくというのは、何とも奇妙な気がする。

@DamianFlanagan

ダミアン・フラナガン

ダミアン・フラナガン(Damian Flanagan) 1969年英国生まれ。作家・評論家。ケンブリッジ大在学中の89~90年、東京と京都に留学。93~99年に神戸大で研究活動。日本文学の修士課程、博士課程を経て、2000年に博士号取得。現在、兵庫県西宮市とマンチェスターに住まいを持って著作活動している。著書に「世界文学のスーパースター夏目漱石」。

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