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対馬丸

撃沈75年 癒えぬ傷 乗船の男性「思い出して涙する」

母やきょうだいの名前が刻まれた小桜の塔に手を合わせる宜志富紹心さん(右から2人目)=那覇市で22日、遠藤孝康撮影

 太平洋戦争中の1944年、沖縄から九州に向かった学童疎開船「対馬丸」が米潜水艦に撃沈され児童ら約1500人が亡くなって22日で75年となった。那覇市であった対馬丸慰霊祭には、当時11歳で船に乗り合わせた宜志富紹心(ぎしとみしょうしん)さん(86)=沖縄県西原町=も参列。自身は漂流の末に救助されたが、母ときょうだい5人を失った。「今も事件のことを思い出して泣くことがある」。75年たっても癒えぬ悲しみを胸に、静かに手を合わせた。

 当時は沖縄本島北部の金武(きん)村(現・金武町)に暮らしていた。父を早くに亡くし母子家庭だった一家は戦火を避けるため、親戚を頼って本土疎開を決めた。1944年8月21日夜、対馬丸は那覇港を出港。母らは船室に入ったが、紹心さんは1歳だった弟を背負い甲板で過ごした。「やんちゃ坊主でよ。外の景色が見たくて甲板を前から後ろまで歩き回っていた」

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