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支局長評論

下関 交流の歴史 /山口

 時代は今や令和だが、下関にはかつて「昭和館」という施設があった。1928年、県社会事業協会が同市大坪町(現神田町)に建設した、鉄筋コンクリート造り2階建ての建物だ。朝鮮人の保護救済が目的だった。

 当時、関釜連絡船の発着点だった下関には、朝鮮半島からやってくる人も多かった。だが将来設計のないまま訪れて路頭に迷う人も多く、保護施設の必要性が指摘されていたのだという。当時まだ日本の支配下にあった朝鮮半島の住民に対する融和政策の一環でもあった。

 31年には6294人に無料で寝泊まりの場所を提供した記録が残っている。下関駅に職員が出向いて困って…

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