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論点

「拝謁記」から象徴天皇制考える

1952年5月の独立回復式典で「お言葉」を述べる昭和天皇

 初代宮内庁長官が終戦後、昭和天皇とのやり取りを詳細に記したいわゆる「拝謁記」には、新憲法で天皇の政治関与が制限される中、新たな「象徴天皇」像を模索していた様子が生々しく記録されていた。政治とのあるべき関わり方を探る道は昭和から平成、令和へとどのように続いてきたのだろうか。

 「象徴天皇」という概念は非常にあいまいだ。そこに権威主義的なものを付与しようとする動きと、より限定的、形式的・儀礼的に解釈しようという動き、この二つの力のせめぎ合いが日本国憲法の最初からあった。

 今回確認された「拝謁記」をみるまでは、私は昭和天皇がもう少し象徴天皇としての地位を受け入れようとしていたと思っていた。しかし天皇は明治憲法下での意識、君主としての自意識が変わっていなかった。憲法が目指す象徴天皇に適応できていない。

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