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クトゥーゾフの窓から

日露の架け橋(7) ロシアの舞台を離れドイツへ 日本人バレリーナの新たな挑み

客席にあいさつする浅井恵梨佳さん=モスクワで2019年7月3日、大前仁撮影

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 世界有数のバレエ大国であるロシアでは、多くの日本人ダンサーが舞台に立つ。その中にはロシア・バレエに思い入れを持ちながら、今秋から欧州の舞台に立つ踊り手もいる。ロシア・バレエ界から離れるにあたり、どのような気持ちなのかを聞いてみた。 

 7月初旬、モスクワにあるメイエルホリド劇場の座席はぎっしり埋まっていた。舞台と客席が近く、ダンサーの息づかいが聞こえてきそうだ。公演を催す「バレエ・モスクワ」は中堅クラスのバレエ団だが、ここ数年は現代バレエの演目に特化し、関心を集めている。

作中で流産をした妻(浅井さん)は失意のどん底に突き落とされる=モスクワで2019年7月3日、大前仁撮影
浅井さんが演じる女性はピアノを弾くことで生きる喜びを再発見した=モスクワで2019年7月3日、大前仁撮影

 照明が落とされた舞台には主役の一人、浅井恵梨佳さん(28)が現れた。この日の作品では出産を控えて喜びに満ちていたのだが、流産してしまい、失意のどん底に突き落とされる女性を演じた。やがて作中の浅井さんはピアノを演奏することにより、再び生きる喜びを見いだした。そのさなかに夫は彼女と男性の音楽教師との仲を疑い、教師を刺そうとしたのだが、誤って妻を殺してしまう。こうして1時間近くの演目が幕を閉じた。

 気持ちの浮き沈みを如実に表し、悲劇の主役を演じた浅井さん。カーテンコールに現れると、割れんばかりの拍手が送られて、花束も手渡された。安堵(あんど)の表情を浮かべながら、客席に頭を下げた。

この日の舞台を最後に「バレエ・モスクワ」を去る浅井さんは仲間に担ぎ上げられた=モスクワで2019年7月3日、大前仁撮影

 舞台を終えると、浅井さんは仲間のダンサーに担ぎ上げられた。この日限りで4年間在籍したバレエ団に別れを告げる。9月に始まるシーズンからドイツ北部の港町キールの劇場で踊ることから、まさに最後の晴れ舞台だった。そのため日本から母親や知り合いが訪れ、花道を見守ってくれた。

20代半ばでロシア・バレエの魅力に気づき

 4歳で踊り始めた浅井さんがロシア・バレエと出会ったのは中学1年の時だった。日本国内のコンクールで入賞し、世界的な名門校であるロシア国立モスクワ舞踊学校(通称ボリショイ・バレエ学校)で学ぶ資格を手にした。「行けるバレエ学校があるならば、すぐに行きたい」。そのような思いでボリショイ・バレエ学校に飛び込んだが、4年間の在学中は周りのロシア人についていくのが精いっぱいで、ロシア・バレエの魅力を考えることもなかった。

 モスクワで学び終えた浅井さんはカナダ西部のバレエ団で研修し、日本に戻った。そしてロシア・バレエの真の素晴らしさに気付いたのは、2014年の春にロシア中部の都市ペルミで催されたコンクールに出場した時だった。20代半ばとなっていた浅井さんはロシアに1カ月半滞在し、コンクールに向けて練習に励んだ。そこで、ロシア人の教官から最も大切なのは心を込めて踊ることだと教わった。

 「あなたの踊りはロシアの踊りだね」。コンクールを終えると、教官からこう褒められたことが何よりの誇りだった。この時にロシア・バレエとじっくりと向き合い、その奥深さに気付いたことが、翌15年にモスクワに戻るきっかけとなった。

「今、動かなければ後悔してしまう」

 バレエ・モスクワで4年を過ごした後、浅井さんはドイツの舞台へと移っていく。移籍については「一番の理由は年齢です」と言い切る。8月に28歳になったばかり。20代後半から30代前半は体力的にもダンサーとしての積み上げでもピークといわれる。「動きたいと思った今、行動しないと後悔する」との気持ちに駆られて移籍を決めた。バレエ・モスクワの公演では現代バレエばかりを踊っていたが、新しいバレエ団には古典バレエの演目があることも、移籍の理由の一つだった。

 新たな所属先で芸術監督を務めるヤロスラブリ・イバネンコさんは、ロシアの隣国ウクライナの出身だ。浅井さんについては「ロシアのバレエ学校できちんと学んできたようだ。すでに完成された点もあるが、新しいことに挑めば、多少の時間がかかっても、これまでなかった面もみせられるだろう」と期待を示す。

 これまで時間をかけてロシア・バレエの魅力に目覚めた浅井さんだが、再び、この国を離れることに寂しさを感じていないのだろうか? しかし、新しい芸術監督のイバネンコさんはロシア語が堪能であるうえ、新たなバレエ団には一定数のロシア人のダンサーも所属しているという。浅井さんは「ロシア・バレエと全く離れてしまうわけではない」と前を向いている。

 浅井さんが20代半ばになり、ロシア・バレエから学んだのは心を込めて踊ることの大切さだった。ロシアを離れても、一つ一つの舞台で心を込めながら、しなやかに、力強く踊っていくのだろう。【大前仁】

大前仁

モスクワ支局記者 1969年生まれ。1996年から6年半、日経アメリカ社でワシントン支局に勤務。毎日新聞社では2008年から13年まで1回目のモスクワ支局に勤務。

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