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「命を奪ったこと、これから長い未来を奪ったことに、ごめんねという気持ちです」。涙声だった。
7月、名古屋高裁。1号法廷の証言台に立つ松下園理(えり)被告(31)の姿を初めて見た。亡くなった次男への思いと後悔を小さな声ながら、しっかりと陳述した。開廷前に列ができたほど傍聴希望者が多く、双子や三つ子を育てる親らも被告の様子を見守った。
愛知県豊田市で2018年1月、生後11カ月の三つ子の母親が、次男を床にたたきつけ、死なせた。名古屋地裁岡崎支部は今年3月、母親の松下被告に対し、傷害致死の罪で懲役3年6月の実刑判決を言い渡した。弁護側は「三つ子の子育ての過酷さを考慮すべきだ」などとして控訴。高裁で審理が続いている。
裁判資料などによると、3人は17年1月に生まれた。夫や両親、自身の兄弟も喜んだ。
育児の手伝いを求めて実家に帰ったが、飲食店を経営する両親は多忙で頼めなかった。3人はミルクを飲む時間も量もバラバラだった。授乳し、おむつを替え、泣く子をあやす--。それだけで一日が過ぎ、寝る時間もない。三つ子の誰かが常に泣いていた。
5月に夫が半年間の育休を取得した。自宅マンションに戻ったものの、夫の不慣れな世話では子どもたちが泣き出すため、こちらも頼れなくなった。
一番の心配は次男だった。ミルクの吐き戻しが多く、体重が増えない。泣き出すと止まらない。やがて、その子に対し苦手意識が芽生える。秋ごろには、泣き声を聞くと動悸(どうき)や吐き気が止まらなくなった。
11月、夫が育休を終えて職場復帰すると、育児と家事を全て1人ですることになった。それから2カ月後、事件は起きた。
1審の実刑判決に、三つ子や双子の育児を経験した親たちが声を上げた。減刑などを求める署名活動が始まり、4カ月間で約1万3000筆が集まった。
法廷には、1審から傍聴を続けるNPO法人「ぎふ多胎ネット」の理事長、糸井川誠子さん(59)がいた。24年前に三つ子を出産している。当時の育児日記を見せてもらった。
「精神状態が最悪で何も受け入れられない。苦しい」「頑張らなくちゃいけない。でも頑張れない。疲れた。そんな自分が情けなくて嫌になる……」。子の成長の喜びとともに、育児の不安、葛藤が、細かく丁寧な字で書かれていた。
実母と夫が子育てに協力してくれたという。それでも、授乳は1日24回以上、睡眠時間は1日16分。被告に自分を重ね「私も1人なら絶対に無理だった。もし、適切に誰かが支えてくれていれば必ず防げたと思う」と強く訴えた。
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厚生労働省の人口動態調査によると、出生数に占める双子以上の「多胎児」は1975年には約1%で、2017年は2・01%。不妊治療の普及が影響しているとの研究者の指摘もある。豊田市の事件から、多胎児特有の子育ての難しさや、ぎりぎりの状態で子どもと向き合う母親の姿が浮かんできた。どうしたらいいのか。育児の現場を歩き、考えた。=つづく
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この連載は細川貴代が担当します。
記者18年目。医療、介護、子育てなど社会保障分野を主に取材してきた。今年4月から中部報道センターに勤務。共働きで1歳の娘がいる。
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