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大人は楽しく今がすべてでない 新学期の君に贈る「君たちは今が世界」

朝比奈あすか著『君たちは今が世界(すべて)』(KADOKAWA・1620円)

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 あなたの今いる世界がすべてではありません--。新学期が始まる頃になると、学校の人間関係を思い起こして、息苦しさを感じる人もいることだろう。小説『君たちは今が世界(すべて)』(KADOKAWA)は、今悩みを抱えている子どもも、かつて悩んだ大人も、教室という小さな世界を俯瞰(ふかん)することができ、「大人になるともっと広い世界が待っている」ということに気づかせてくれる。著者の朝比奈あすかさんに話を聞いた。【出水奈美】

 --首都圏にある小学校の6年3組を舞台に、多感な4人の児童を中心に物語が展開します。友達からいじられやすい尾辻文也、勉強が得意な川島杏美、コミュニケーションをとることが苦手な武市陽太、リーダー格の女子の取り巻きである見村めぐ美。そして、担任の幾田先生と保護者。心理描写がリアルで、懐かしい痛みを思い出します。物語を書くきっかけは何ですか。

 朝比奈さん 以前、『人間タワー』(文藝春秋)という小説を書きました。組み体操をめぐる人々の関わりや心情を描くなかで、子どもたちの狭い世界での喜怒哀楽や複雑な人間関係を書いていて、自分でも面白かったんです。それで「いじめをテーマに書いてみたい」と担当編集者に伝えました。子どもだけでなく、大人の世界、たとえばママ友、先生、会社、いろんなところに人間関係のきつさがありますよね。今回は、小学校に光をあてようと考えました。4人の登場人物は、書いてみたいタイプの子を取り上げました。

 --クラスの中ではさまざまな問題が次々と起き、大人が翻弄(ほんろう)されます。第1章では、調理実習中に子どもたちがパンケーキのタネに洗剤を混入させるという事件も起きます。

 朝比奈さん 洗剤を入れた事件の元になった話は、私の中学時代にありました。自分たちが調理実習で作るものに洗剤を入れようという発想自体が、その年代じゃないと思いつかないですよね。授業中に子どもたちが一斉に後ろを向くという出来事は、娘の友達の学校であったそうです。先生から「出て行きなさい」と言われた子が「やったー」と言って教室を出たら、他にも出ていこうとした子がいて、先生が慌てて注意すると「だって先生が『出て行け』って言ったじゃないですか」と言い返したという話も聞きました。

 私は大人なので、先生はきついだろうなあと感じました。現実の小学生は、どこまでも純粋であり、どこまでも残酷です。そういうことに日常的に立ち向かっている先生たちも大変です。

 --物語に登場する先生は洗剤混入事件の後、「皆さんは、どうせ、たいした大人にはなれない」と言ってしまいます。

 朝比奈さん 「おれら、少年法で守られてるから」と言われたら、先生もカチンとくる。先生も人間だという表れの言葉です。先生だって、先生という顔を作って、仕事として一生懸命に子どもの前に立っている。先生の許容量、着けている仮面の許容量というのかな、それを超えちゃう瞬間は、人間だからあると思う。このくらいはじけてもいいと思ったんです。

『君たちは今が世界』の著者、朝比奈あすかさん

 --子どものしんどさも、大人の大変さも、どちらもヒリヒリとした痛みを感じます。

 朝比奈さん どの大人にも小学校6年生の時の自分がいるので、その時の自分自身の幼稚さや苦しさを思い出します。そうすると、ああ、大人になって良かったとも思えます。子どもって「未来のかたまり」だから、ずっと先まで未来が広がっているように思えるけど、自分がその真っただ中にいたときって、結構ばかばかしい人間関係で悩んでいましたよね。もう戻りたくないと私も改めて思いました。そう思えるということは、逆に子どもたちにもそう言えるってことなんです。「大人の方が楽しいよ」って。今の世界がすべてでないよと。

 --著者の母親らしい視点を感じる描写もたくさんありました。

 朝比奈さん 私の娘は今、高校1年生ですが、ママ友の中にはどうしてこんなふうによその子のことを気にかけることができるんだろう、というボランタリー精神にあふれる人がいます。そういう人が専業主婦だったりすると、外から受ける評価はないかもしれない。でも、社会を支えてくれている。だからそんなお母さんも登場させたいと思いました。人からの評価を気にすることは、どんな職業でもあるのが当たり前だと思うけど、そういう感情の一切ないフラットな人間関係の中で、やらなくてもいいことをやって自然と手を差し伸べてくれる人が結構いる。世の中のお母さんたちはそうやって助け合いながら、必死で子どもを育てているのだと思います。

 --SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)での仲間外れも描かれていました。現実に子どもたちの中で起きている問題が切り取られています。

 朝比奈さん 娘が中学1年生になったころ、LINEをする子が増えてさまざまなトラブルが起きました。でも、私たちの時代だって、交換日記を誰とするのかで悩み、グループだけの交換日記、全体で回す交換日記などいろいろ使い分けていました。今はそれがデジタルに落とし込まれたんですね。LINEは、交換日記を書いて回すよりも手軽で、他の人からは見えにくい。楽な分、暴走もしやすい。人を傷つけるのも簡単です。

 --子どもの世界は、確かに息苦しい。

 朝比奈さん 女子は自分だけ突出するとたたかれるから、横並びで謙遜したりしながら居場所を作る。それに対して男子はボスがいて、ボスのそばにいる人、いじられている人、そんな序列みたいなものが自然にできる。そこで地位を築くのは大変だろうなあと思っていました。大人になって、私が会社に勤めても、男の人は派閥もあるのでキリキリしていました。誰かを排除したり、スケープゴートにしたりするようないじめは大人の組織でもありますよね。子どものいじめは問題になるけど、大人はそうでもない。「きみたちは今が世界」は子どもに送るメッセージではあるけど、小さな世界を打ち破ってせっかく自由な世界に出た大人が、また狭い世界に入って、そこでマウントを取り合うのはやめたらどうでしょうか。大人も気づいてほしいと思っています。

 題名はちょっとストレートすぎるかもしれないけど、本当にそのまま、小学生にとってはここだけが世界。でも未来がもっとあって、未来になったら世界が広がる。変わっていく可能性を感じてもらいたいなと思っています。大人たちには、あの世界から解放されたのだと感じてもらえたらいいですね。

 --エピローグで登場人物たちの未来を描きました。

 朝比奈さん 大人になる醍醐味(だいごみ)は、自分の足で違う場所に行けることです。不登校は大きな問題だと思っていても、大人になってしまえば、「ちょっと学校に通えない時期があって」の一言で済む話だと思うんですよね。

 小説っていいなといつも思っているんです。テレビや舞台、映画で役者さんが演じると「作品」を見るという感じになると思うけど、文字で読むと自分の体験に基づいたイメージが頭に浮かびます。いろんなエンターテインメントがあるけど、想像力で補完しなければならないものってなかなかない。小説はより自分に近いものとして感じてもらえると思うから、小説っていいなと思います。

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