愛媛県最古の遍路日記、伊方町の寺院跡で確認 18世紀の「海の遍路道」

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修復された愛媛県最古の遍路日記を示す胡光教授。「多くのことを伝える日記」と位置付ける=松山市文京町の愛媛大で、松倉展人撮影
修復された愛媛県最古の遍路日記を示す胡光教授。「多くのことを伝える日記」と位置付ける=松山市文京町の愛媛大で、松倉展人撮影

 江戸中期の1757(宝暦7)年、信仰心にあつい修験者によって残された遍路日記が愛媛県伊方町の寺院跡で確認された。共同研究に当たった愛媛大四国遍路・世界の巡礼研究センターと伊方町の町見郷土館によると、確認された遍路日記では県内で最も古く、修験者によるものでは唯一。海に開けた佐田岬半島での往来など、四国遍路の隆盛期を知る貴重な史料となりそうだ。

 同センター長の胡光(えべす・ひかる)・愛媛大法文学部教授らが分析の結果をセンター紀要に発表した。それによると、日記があったのは明治維新で修験道が禁じられ、廃寺となった伊方町、三崎浦の「金胎(こんたい)寺」。住職の吉雲が記し、激しい傷みを2013年から修復していた。

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