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常夏通信

その7 昭和天皇の空襲被害巡視 遺体は片付けられていた

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現在の富岡八幡宮。74年前の1945年3月18日、昭和天皇が東京大空襲の被害を視察するために訪れた=東京都江東区で2019年9月3日、栗原俊雄撮影
現在の富岡八幡宮。74年前の1945年3月18日、昭和天皇が東京大空襲の被害を視察するために訪れた=東京都江東区で2019年9月3日、栗原俊雄撮影

 前回は東京大空襲で仮埋葬された遺体の改葬をみたが、今回は時間をさかのぼって再び仮埋葬をみていきたい。

 戦時下、東京都は空襲による死者を戦争全体で2万人程度と予想していた。ところが1945年3月10日のたった一晩で10万人が亡くなり、平時のようにしかるべき施設で火葬し、埋葬することができなくなった。

 このため公園や学校などへの仮埋葬を進めたが、遺体の数があまりにも多く、また生き残った市民も甚大な被害を受けていることもあり、短期間で一気に埋めることはできなかった。優先順位を付けざるを得なかった。

 昭和天皇は同年3月18日、都内の被災地を視察した。2014年に公開された「昭和天皇実録」で、この日の様子をみてみよう。

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