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現場から’19平和考

特高検閲を当然視 新聞社も戦争翼賛 当時の従業員が回顧 /兵庫

シベリア抑留時の資料を前に戦争を振り返る宗田さん=神戸市垂水区本多聞5で、春増翔太撮影

“平時”の記者へ教訓「頑張らな」

 太平洋戦争(1941~45年)では、主要メディアだった新聞も政府や軍部の意向に沿い、戦争を翼賛した。元関東軍技術兵の宗田池〓(ちさく)さん(95)=神戸市垂水区=は、出征前の40年代初め、かつて神戸で発行された海運関係の業界紙で1年半働いた経験がある。当たり前のように検閲を受け、開戦に高揚した当時の新聞人の姿を、戒めと共に記憶に残している。【春増翔太】

 「書類を届けに来ました」「よし、開けろ」。1941(昭和16)~42年、雑用係だった宗田さんは職場の先輩から渡された翌日紙面の原稿やゲラ刷りを持って三宮警察署(現生田署)3階の「検閲課」に行くのが日課だった。目の前で記事に赤線が塗られ「もうちょい考えて書けと言うとけ!」と突き返されることもしばしばだったという。

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