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北海道地震1年 希望の稲穂、一人再び 亡き父母妹に見守られ

土砂崩れの跡が残る幌内地区の水田で、稲の発育を見守る山本隆司さん=北海道厚真町で2019年9月1日、竹内幹撮影

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 「今日で1年を迎えたよ」。北海道胆振(いぶり)東部地震で甚大な被害を受けた厚真町幌内の農業、山本隆司さん(54)は6日早朝、農作業前に自宅の仏壇で手を合わせた。土砂崩れで家が流されて田んぼや農機具は壊滅し、最愛の家族3人を失った。悲しみを乗り越え、1人で再開した米作り。田んぼには黄金色に色づく稲穂がたくましく実っていた。

 山本さんは、地域で「米作り名人」といわれた父辰幸さん(当時77歳)と母リツ子さん(同77歳)、妹ひろみさん(同50歳)の4人家族。札幌の大学を卒業後、道内企業に勤めたが、27歳で後継ぎとして帰郷し、家族4人で水田約13ヘクタールとカボチャ畑約7ヘクタールを耕した。

 あの日、地響きと一緒に土砂が押し寄せた。部屋でもみくちゃになり、床が落ちた。山本さんは2階で、家族3人は1階で就寝中だった。「土砂が体を圧迫し、壁に手をついて抵抗しました。このままでは首の骨が折れる。必死にはい出ました」

 気がつくと、夜空が見えた。「生きていたんだ」。つぶれた車のクラクションで我に返り、何度も家族の名前を呼んだが、返事はなかった。ぼんやりと見えた明かりを目指し、倒木をかき分けて必死に歩いた。意識がもうろうとする中、避難する住民に会った。当日夕、病院に入院した。両手の筋肉が断裂していた。

 地震から2日目。病床で看護師から「お母さんと妹さんが見つかりました」と告げられた。むなしさや悲しさがこみ上げた。退院当日の10日には父も見つかった。「これで家族一緒に葬儀ができる」。そう考え、心に区切りをつけた。

 「カボチャだけでも生活できる」。悲しみの中で希望を見いだした。ただ、水田の復旧には数千万円が必要だった。諦めかけた時、同じ地区の親類が土地を無償提供してくれた。「周囲の人は『全てを失い一人で米は無理だ』と言っていたけど、絶対に復活させる」。地震から半月余り。心を奮い立たせた。

 町中心部のみなし仮設住宅から水田まで車で約30分。新たにトラクターなどを購入し、国や道の補助で約60坪の納屋も建てた。今年の水田の作付面積は、地震前の3分の1の約4ヘクタール。2ヘクタールのカボチャ畑は豊作だった。

 先月11日、初めて母の夢を見た。自分より少し若い印象だった。「母さんが『父さんも今帰ってくるから』っていうんです。え? 皆死んでなかったのかい。よく生きてたな。国民年金の支給も止めたし、死亡届も出しちゃった。撤回しなきゃ」と話しかけた。父は壊れた納屋を直し、妹は道ばたに車を止め、一生懸命語りかけてきた。「いい夢だった。皆、穏やかだった」

 6日、山本さんは水田に立った。「皆、見守ってくれているよね。今年は無事に米を収穫できた。来年はもっと成長するよ」。空を見上げ、天国で暮らす家族に誓った。【福島英博】

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