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麗しの島から

香港デモの“裏方”たち 最前線で救護やカウンセリング

衝突現場の最前線で活動する救護ボランティア=香港・金鐘で2019年6月17日、福岡静哉撮影

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 香港で6月上旬から続く政府への抗議デモでは、警察との衝突で負傷者が続出している。政府に抗議の意思を示して自殺する若者も相次ぐ中で、精神的なショックに苦しむ市民も多い。現場でデモ参加者らの救急治療や心理カウンセリングに当たるボランティアを取材した。

ヘルメットや防毒マスク フル装備で治療に

 私が現場で救護ボランティアの姿に気づいたのはデモ本格化から8日後の6月17日。初めて大規模な衝突が起きた5日後のことだった。ヘルメットに赤十字のような赤い十字のマークを張った若者たちが、催涙ガスを浴びて苦しむ人たちにペットボトル入りの水を手渡していた。催涙ガスを浴びたら、大量の水でガスを浴びた部分を洗い流すことが先決だからだ。

 衝突の最前線では、若者らがレンガや火炎瓶を投げ、警官隊は催涙弾やゴム弾で応戦する。流血の事態も相次ぐが、交通規制などで現場が混乱し、救急車の到着が遅れることが多い。現場での救急治療は不可欠で、救護ボランティアはヘルメット、防毒マスク、ゴーグルといったフル装備で治療に当たる。

救護所の設営準備をするボランティアのルイジアナさん(左端)とマットさん(中央)。後方からの撮影に応じてくれた=香港で2019年9月2日、福岡静哉撮影

 ボランティアに取材することができた。大学で看護を学ぶマットさん(23)と女性看護師のルイジアナさん(25)。2人とも中国語の名前を持つ香港人だが、「警察は救護ボランティアもデモ隊の一員とみなしており、拘束されるリスクがある」として英語名で取材に応じた。授業や仕事の合間にボランティアとして参加している。

 「私たちはソーシャル・メディアで知り合い、自発的にチームを作っている。医師、看護師、学生、救急救命士が所属していて、私たちのチームは約20人いる」。マットさんが説明してくれた。警察と若者らの衝突が起きた後、こうした救護チームが無数に生まれたという。ルイジアナさんは「同時多発的に衝突が起きることも多く、異なるチーム間で連携することもある。例えば『A地点で救護チームが少ない』という情報があれば、急行する」と言う。救急用の薬品や水など必要な物資は、現物や現金の寄付などで賄っているという。

 救護チームのメンバーはデモ隊を支援する立場だが、デモには参加せず、救護活動に徹する。しかし警察はデモ隊の一員とみなすこともあり、これまでに10人以上の救護ボランティアが拘束された。負傷するメンバーも相次ぐ。マットさんは「けが人を放置すれば命に関わることもある。私たちを拘束するのは大きな問題だ」と憤る。

「自由」守るため役割果たす

 2人とも「『1国2制度』で保障されたはずの自治や自由が失われ始めている」という強い危機感を抱いている。マットさんはこう言う。「私も逮捕されるリスクはあるが、それは個人のリスクに過ぎない。もっと大きなリスクは、香港社会の自由が完全に失われてしまうことだ。次の世代にも愛する香港を引き継ぐため、私は看護という自分が果たせる役割で、後悔のないよう頑張りたい」

 ルイジアナさんが続けた。「私は人の命を守るため看護を学んだ。大勢の人が負傷しているのに、何もしないなんてありえない」。ルイジアナさんは、香港の現状に失望して移民を考える市民が増えていることを残念がる。「私は、古里の香港をより良い場所にするために力を尽くしたい。香港人はよく『金もうけしか考えていない』『利己的だ』と批判される。古い世代には、確かにそうした側面があるかもしれない。でも私たち新しい世代は違う。今ある自由を守るために勇気を奮って闘う世代だ」

 デモ参加者らのカウンセリングに当たるボランティアもいる。救護チームと同様に、精神科医や臨床心理士、社会福祉士などがソーシャル・メディアなどで多くのチームを作り、連携している。平和に行われるデモでは現場に相談用のテントを設けてデモ参加者の相談に乗る。最も多い相談は、若者らが両親と険悪な関係になるケースという。子供の安全や将来への悪影響を心配してデモに参加するのに反対する親も多いためだ。

デモ参加者らのカウンセリングなどに対応するボランティアたち。右から2人目が黄可青さん=香港で2019年9月2日、福岡静哉撮影

 カウンセリングを専門とする社会福祉士の黄可青さん(35)は約120人のチームに属する。「デモ後の衝突では、友達が逮捕されたり、けがをしたりする場を見てトラウマになる人もいる。そうした人たちのカウンセリングに当たっている」と言う。ショックを受けた直後の「心のケア」が大切だといい、最前線にも駆けつける。「私も、催涙ガスを何度も浴びました。ヘルメット、ゴーグルは欠かせません」と顔をしかめる。

 カウンセリングを担うボランティアが現場で拘束される事例も相次いでいる。黄さんは「警察は私たちのこともデモ隊だとみなすことがあり、そのたびに抗議しています。激しい現場ほど心のケアは重要なので、今後もこの活動を続けたい」と語る。

抑うつ状態の市民が急増

 最前線から少し離れた場所でも多くのボランティアが活動している。代表的な存在が香港紅十字会(香港赤十字)の人々だ。医師、看護師、救急救命士ら約500人の医療ボランティアがおり、デモがある度に現場に派遣されている。

 紅十字会は「最前線には行かない」との方針で活動している。ボランティア部門の責任者、黄傑さん(34)は「現場は極めて危険だ。負傷者の救護は最大の使命だが、ボランティアの安全確保も重視せねばならず、悩みながら議論して決めた」と説明する。それでも、デモで熱中症になった人への救急対応や、催涙ガスを浴びて逃げてくる人への手当てなど業務は多様だ。医療ボランティアは6月初旬以降、今月8日までに計33回、デモ現場に出動した。

香港紅十字会職員の心理学者、張依励さん(左)とボランティア部門の責任者、黄傑さん=香港で2019年8月28日午前11時46分、福岡静哉撮影

 紅十字会が重視する最も大切なルールは「中立性」だ。黄さんは「デモ隊側、警察側、どちらかの立場に立ってしまうと私たちも衝突の当事者になってしまい、救護活動に支障をきたす」と言う。デモ参加者も、警察官も、救護が必要な人なら誰でも助ける。

 紅十字会はカウンセリングチームも設置している。専属職員8人のほか、ボランティア約300人が交代で電話相談などに対応している。6月初旬以降、これまでに市民1100人以上のカウンセリングに対応してきた。

 香港紙によると、6月中旬から7月3日までに、政府への抗議の意を示すなどデモに関連して少なくとも4人が自殺した。香港大学が6月22日~7月7日、市民1269人を対象に実施した調査で、何らかの「抑うつ」を感じる人は全体の9・1%にのぼった。2011~14年の平均値は1・3%で、数値の高さが際立つ。自殺について考えたことがあると答えた人も4・6%にのぼり、11~14年の平均値1・1%の4倍超となった。7月以降、デモ隊と警察の衝突はさらに激化し、自殺も続いている。紅十字会職員で心理学者の張依励さん(34)は「今はさらに数値が悪化している可能性がある」と指摘する。

 紅十字会によると、警察官からのカウンセリング相談も複数ある。警察官の家族の中にも、警察のデモに対する強硬な取り締まりに批判的な人がいるためだ。警察官からは「連日連夜の出動で若者らとの衝突への対応に追われ、疲れ切って自宅に帰ると、妻との口論が待ち構えていて耐えられない」という相談が寄せられているという。

 夏休みが終わって9月から授業が再開され、懸念されるのは学校現場でのトラブルだ。張さんは「デモを巡り生徒間に対立が起きる恐れがあります。警察は多くの市民の批判の対象となっており、警察官の子供がいじめられる懸念もあります。こうした問題に対応するため危機対応チームを設置している中学や高校も多く、私たちもたびたび、勉強会を開催して対処方法を教えている」と言う。

 香港政府トップの林鄭月娥(りんていげつが)行政長官は9月4日、抗議デモの引き金となった「逃亡犯条例」改正案を完全撤回すると表明した。だが、警察の暴力的な取り締まりの是非を検証する独立調査委員会の設置など「4要求」を求め、デモは収束する気配がない。ボランティアの支援を必要とする状況は、まだまだ続きそうだ。【福岡静哉】

福岡静哉

台北特派員。1978年和歌山県生まれ。2001年入社。久留米支局、鹿児島支局、政治部などを経て2017年4月、台北に赴任した。香港、マカオのニュースもカバーする。

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