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静かな追悼の場に「ヘイトスピーチ」 関東大震災犠牲者追悼式典ルポ

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関東大震災の朝鮮人犠牲者追悼式典で献花する参列者たち=東京都墨田区の横網町公園で2019年9月1日、後藤由耶撮影

 今から96年前の1923年9月1日、関東大震災が発生し、死者・行方不明者は10万5000人に上った。毎年この日に、東京都墨田区の横網町公園の都慰霊堂で、犠牲の法要が営まれている(都慰霊協会主催)。亡くなった人たちを心静かに悼み、遺族を思いやる営みのはずだが、近年はそれが難しい場面がある。【栗原俊雄】

都慰霊堂の脇に建つ朝鮮人犠牲者の追悼碑

 今月1日の朝。都営地下鉄両国駅の最寄りの出口から、慰霊堂まで歩いた。飲食店などの露店が並ぶ。親子連れが多い。ここまでは例年通り、なごやかな雰囲気だ。

 慰霊堂の法要には約600人が参列。長谷川明副知事が、小池百合子知事の追悼の辞を代読した。

 慰霊堂の脇には、朝鮮人犠牲者の追悼碑がある。この碑の前では「朝鮮人犠牲者追悼式典」が開かれていた。実行委の宮川泰彦委員長による開式の言葉や、賛同者らによる追悼の辞が続いた。主催者発表で約700人が参加。私が見た限り、ここ数年増え続けている気がする。

 式典は73年、この碑が建てられて以来、市民団体「日朝協会」などにより続いている。碑には朝鮮人の犠牲者が6000人余などと刻まれている。

 震災後には「朝鮮人が井戸に毒を入れた」などのデマが広がり、住民らの自警団や警察などが朝鮮人や中国人を多数殺害した。こうした虐殺については、膨大な資料が残っている。2008年には政府の中央防災会議の報告書が死者・行方不明者のうち1~数%を虐殺犠牲者としている。つまりは国が、数千人が殺されたことを認めているということだ。

地震の発生時刻に黙とうする関東大震災の朝鮮人犠牲者追悼式典の参列者たち=東京都墨田区の横網町公園で2019年9月1日、後藤由耶撮影

朝鮮人犠牲者の追悼式典にまで届く、隣の慰霊祭の大音量のスピーチ

 朝鮮人追悼式典から数十メートル離れた、地元の遭難者を追悼する「大正大震火災 石原町遭難者碑」の前では、別の団体による「真実の関東大震災石原町犠牲者慰霊祭」が開かれていた。同祭実行委と「関東大震災の真実を伝える会・そよ風」の共催だ。

 会場につながる道の立て看板には「六千人虐殺の歴史捏造(ねつぞう)は許さない 真実の慰霊祭会場入口はこちらです」とある。中に入ろうとするが「関係者以外立ち入り禁止」の札があり、かなわない。周囲には警察官や警備員がたくさんいる。

 「君が代」斉唱の後、参加者のあいさつが続く。読経前の僧侶は、多くの言葉を「大東亜戦争」の解説のために費やした。「日本はアジアを解放した。間違いのない事実」「我々の父親やおじいさんが必死に戦ってアジアを解放したあの大東亜戦争の志を継続しなければならない」。マイクが大音量なので、朝鮮人犠牲者の追悼式典にいても聞こえてくる。この演説だけ聞いていたら、関東大震災の犠牲者のためのものとは分からないかもしれない。

 その後マイクを握った女性は、「父祖へのゆえなき侮辱を許すことができません。そもそも6000人という数字にはまったく根拠がありません」とした。

 さらに、関東大震災時に日本にいた外国人が「異口同音に日本人に感謝し、称賛しすぐさま世界に伝えました」と述べ、「私たちは当時、テロが頻発していた社会状況を忘れ、負の歴史ばかりを強調し、日本人に反省を強いる歴史観を未来の子どもたちに引き継ぐわけにはいかないのです」と続けた。

 そうした立派な日本人がいたことを証明しても、「負の歴史」が消えて無くなるわけでもない。

関東大震災での朝鮮人犠牲者追悼式典に隣接した場所で「真実の関東大震災石原町犠牲者慰霊祭」が開かれ、朝鮮人をおとしめる発言などが繰り返された。関係者以外は入れなかった=東京都墨田区の横網町公園で2019年9月1日、後藤由耶撮影

「6000人」説を否定しても、大虐殺がなかったことにはならない

 女性の後、鈴木信行葛飾区議が話した。

 「今日の日本と韓国の紛争の原因」について「ウソ偽りの歴史、韓国のウソをそのまま見過ごしてきた、強く反論をしてこなかった日本側にも責任の一端がある」という持論を展開した。さらに「大震災で6000人の朝鮮人が虐殺されたというウソの歴史。これをこれ以上、後世に残すわけにはいきません。日本人があの大震災の時6000人の朝鮮人を虐殺した、そんな事実はないんですから。こういうことを修正しなかったからこそ、今の日本と韓国の紛争が起きているのではないでしょうか」と述べた。

 信じたい歴史だけを信じようとする人は、世の中にはたくさんいる。私はその点にはうなずいて聴き入った。

 鈴木議員は関東大震災に話を戻し「確かに、朝鮮左翼、コミュニストによる暴動がありました。それを鎮圧しました。テロもありました。朝鮮左翼により計画されてたんです。そして実行されたんです。それに対する住民の自警行為もありました。しかしね、6000人の大虐殺はなかった」と力強く言い、周囲から拍手が起きた。

 「6000人」の否定を強調することについて、私は「どこかで聞いたことのある論法だなあ」と思った。

 南京事件で、中国側は日本軍による中国人虐殺を30万人と主張する。この人数をあり得ない、と主張する論者は多い。その数字を否定することで、虐殺そのものがなかったかのような印象を残そうとする向きも感じられる。

 しかし「30万人説」を否定し尽くしたとしても、虐殺そのものを否定することはできない。被害者が何人であろうと、罪のない人が殺されれば、それは虐殺だ。関東大震災も同じである。「6000人」説をどれだけ力強く否定したところで、虐殺がなかったことにはならない。

 他方、前に指摘したとおり、朝鮮人が虐殺されたことについては、震災直後のものを含めて膨大な記録がある。「暴動を鎮圧したのであって、虐殺はなかった」という人たちは、同胞が歴史に残した目撃談を信じないのだろうか。

関東大震災での朝鮮人犠牲者追悼式典の会場にスピーカーを向け、朝鮮人をおとしめる発言などが繰り返された「真実の関東大震災石原町犠牲者慰霊祭」。大震災による朝鮮人犠牲者が6000人に上るという説を否定する文言が目立った=東京都墨田区の横網町公園で2019年9月1日、後藤由耶撮影

「死者への冒とく」「ヘイトスピーカーによる集会」

 石原町慰霊碑前の慰霊祭は、17年9月1日に始まった。

 小池知事が、朝鮮人犠牲者追悼式典に追悼文を寄せることを見送った年だ。前任者たちがしてきたことをやめる理由は「全ての犠牲者に哀悼の意を示しており、個別の追悼文は控える」というものだった。

 天災である震災の被害者と、人災、犯罪である虐殺犠牲者を一緒にするのはおかしい。そうした批判が今に至るまで続いているが、小池知事は今年も追悼文を見送った。

 私は17年と18年もこの団体の慰霊祭を見た。当初は朝鮮人被害者の追悼式典との間を行き来することができた。ただ小競り合いや言い合いもあった。

 そうした事例を受けてか、今年は警備が格段に強固になっていた。まず、慰霊祭と追悼式典の間にプラスチックの柵が長々と立てられた。さらに柵の周辺には警察官や都の職員が立っていた。最初のように行き来することができなくなった。

 「衝突を防ぐ」ということを目的とすれば、まずまず成功したといっていい。しかし、犠牲者たちを悼むための式典としては、どうなのか。

 両式典が終わった後の現場で、ノンフィクション作家、加藤直樹さんに会った。朝鮮人虐殺を描いた「九月、東京の路上で」「TRICK トリック 『朝鮮人虐殺』をなかったことにしたい人たち」(いずれもころから社)の著書がある。「6000人虐殺は捏造」と訴えた慰霊祭の感想を聞いた。

 「死者への冒とくだと思います。虐殺された人数は分かりませんが、何もしていない朝鮮人が虐殺されたのは疑いようのない事実です。『虐殺はなかった』ということを言いたいがためだけに集会を開いている」

 「ネットと愛国」(講談社)などの著書があるノンフィクション作家、安田浩一さんにも感想を聞いた。ヘイトスピーチ問題に詳しい安田さんは「見える限り、(掲げられている)プラカードに追悼という言葉はない。何のためのといえば、朝鮮人犠牲者の慰霊祭をつぶすため。ヘイトスピーカーによる集会」と断じた。

 「日本がアメリカと戦争を始めたのは、コミンテルンによる策謀」「関東大震災で、朝鮮人虐殺はなかった」。そうした、実証的歴史学研究では相手にされない説を唱える人たちは昔からいた。しかしそれはごく一部のサークルの中だけで循環する、独自の歴史認識だった。ところが近年、その独自の歴史認識がサークルと常識の間にあった壁を越えて、なだれ込んでいる気がする。

 安田さんに理由を聞いた。「『特殊な人たちが話している共通語』とバカにして、きちんと反論してこなかった私たちの責任が大きい」と話す。インターネットの影響は?と聞くと、「一つの原因ではあるでしょうが、ネット自体が何かをやるわけではない。人々の差別のハードルがとことん低くなっている。差別を拒絶する強い意志が必要です」。

 参列した人々全員が、全ての犠牲者を心から悼む。来年こそ、そういう追悼式となることを信じたい。

関東大震災の朝鮮人犠牲者追悼式典で金順子さんが披露した「鎮魂の舞」=東京都墨田区の横網町公園で2019年9月1日、後藤由耶撮影

栗原俊雄

1967年生まれ、東京都板橋区出身。早稲田大学政治経済学部卒、同大学院修士課程修了(日本政治史)。96年入社。2003年から学芸部。担当は論壇、日本近現代史。著書に「戦艦大和 生還者たちの証言から」「シベリア抑留 未完の悲劇」「勲章 知られざる素顔」(いずれも岩波新書)、「特攻 戦争と日本人」(中公新書)、「シベリア抑留 最後の帰還者」(角川新書)、「戦後補償裁判」(NHK新書)、「『昭和天皇実録』と戦争」(山川出版社)など。

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