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14カ国・地域で聞き取り 日本のヘルパーが取り組む「世界のヘルパーに出会う旅」

エルシーさん(右)から母国メキシコの介護事情も聞き、「次はメキシコ」と意気込む藤原さん=ロサンゼルスで2019年6月、石山絵歩撮影

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 世界中を旅しながら、世界の介護現場で働く人から聞き取りを続ける日本人がいる。日本で20年以上にわたり、高齢者や障害者のホームヘルパー(訪問介護員)をする藤原るかさん(63)だ。「世界の介護事情を知る中で、日本のヘルパーの現状を変えていきたい」と話す藤原さんは、これまでに14カ国・地域で聞き取りをした。これまでの聞き取りや日本の課題について聞いた。

現場の人間がいない国連会議がはじまり

 「世界のヘルパーさんに出会う旅」の始まりは、2002年、スペインで開かれた国連の「第2回高齢者問題世界会議」だ。藤原さんは「日本食しか食べられない」「ベッドで眠れない」と海外に出たことがなかったのだが、20年に1度しか開かれない会議への参加を上司に打診され、「世界中のヘルパーさんに会えるはずだ」と仲間と参加した。しかし、会議場に現場で働く人の姿はなかった。政府関係者やNGOメンバーが圧倒的多数を占める中、藤原さんたちは「平均賃金は月7万円程度」と、日本のヘルパー事情を英語で記したチラシを配って歩いた。

2002年と07年に訪れたイタリアでは、「ヘルパーは孤立と孤独への派遣」という言葉が印象に残ったという藤原さん(右から2人目)=07年、藤原さん提供

 この場では、現場の人の声を聞くことはできなかったが、「人生最初で最後の海外旅行」と考えて旅程に組み込んだイタリア、スウェーデン、デンマークではヘルパーらから直接話を聞くことができた。このことで、他国の事情を知るおもしろさを知った。会議場でチラシを受け取ったオーストラリアの関係者から「来年は必ず私の国に来て」と言われたこともあり、帰国後から1日500円貯金を開始。自費で他国のヘルパー事情を知る旅を続けることにした。

驚かされる世界の介護事情

 世界の介護労働事情を知る中で驚いたのは、ヨーロッパではヘルパーの社会的地位が確立されていることだ。藤原さんの当時の聞き取りによると、スウェーデン、デンマークでは、ヘルパーは公務員で平均給与が月32万~34万円。ヘルパーのストライキが起きた英国には最低基準賃金があった。藤原さんらが英国のヘルパーに「日本のヘルパーは出来高制で、キャンセルが入ればその分の手取りはない」と説明すると、すごく驚かれたという。

スウェーデンで聞き取りをした介護職仲間と記念撮影をする藤原さん(下段中央)=2002年、藤原さん提供

 英中部・リーズ市では、必ず2人1組でヘルパーが在宅訪問をする。事務所と電話で連絡を取り合いながら状況に応じて仕事をし、訪問が10分で終わることもあれば、1時間半以上になることもある。藤原さんは「日本の『生活支援』は1回45分が基本で、炊事、掃除などを詰め込むプラン。英国は時間の余裕があり、利用者とヘルパーの双方にとっていい。日本でストライキをすれば利用者が支援のすべを失ってしまうが、2人1組と人材豊富であることも、利用者が全くケアを受けられないという事態に陥らずにストライキが実現できた理由だと分かった」と話した。

 研究者らが施設などを中心に視察するのに対し、藤原さんは、現場のヘルパーらに直接会うことに重きを置いている。記者も同行した6月のロサンゼルスの旅では、「利用者の尊厳、その人らしさを守る介護とは」に話が集中した。

 フィリピン出身の介護士、エミリーさん(60)は、はじめに利用者から料理の味付けを習うという。利用者が亡くなった後、その家族から「あの味はもうあなたしか作れない。レシピを教えて」と頼まれることがあり、「そこまでその人らしい生活に近づけたことがうれしい」と話した。メキシコ出身の介護士、エルシーさん(38)は「メキシコでは相手を尊重することをずっと教えられてきた。例えば介護する立場から着せやすい服を着せるのではなく、その人が着たい服を着るのを手伝う。何においてもその人の好みや、やり方をじっくり聞き、大切にする」と語った。

 藤原さんは「2人の話は、日本で生活支援に時間をかけることができた頃に先輩から聞いた思い出話と重なる」と話す。日本では12年度の介護報酬改定で、生活援助について「30分以上60分未満」「60分以上」とされていた区分が「20分以上45分未満」「45分以上」へと変更された。藤原さんは「時間を減らされた今は、利用者とゆっくり話す時間もない。日本でもその人らしさを求める丁寧な介護を取り戻したい。でもそのためには人材を増やす必要がある」と訴えた。

「この職でずっと生きていきたい」と思えない日本の介護の現状

 しかし、日本の介護人材が増える気配はない。日本のホームヘルパーの仕事は「身体介護」「生活援助」に分けられる。「生活援助」では、利用者が自力でできない家事などを援助する。藤原さんは「暮らしの積み重ねがその人らしさを作っているからこそ、エミリーさんやエルシーさんのようにその人の暮らしをできるだけ再現したい。しかし時間が足りないことに加え、『その人らしさ』が世間や自分の常識と重ならない時、どのように利用者と接するかが難しい。そのためにヘルパーは大きな精神的ストレスにさらされ、離職につながっている」と指摘する。

2017年の台湾での聞き取りは、食卓を囲みながらペンを握ったという=藤原さん提供

 例えば35度を超える猛暑の中でエアコンをつけずにいる高齢者に、エアコンをつけようと提案すると「これで何十年も生きてきているから口を出すな」と言われたり、虫が湧いているゴミ屋敷のような部屋を片付けようとすると「俺の勝手だ」と怒鳴られたり。

 「自分の感情を押し殺さなければならないような精神的負担が大きい半面、そのつらさはあまり理解されていない。さらに薄給となると、若い人が『この職でずっと生きていきたい』と思えないのが日本の介護労働現場だ」という。「外国人の受け入れは賛成だが、同じ思いをさせると思うとやるせない」と、ため息をついた。

 ただ、藤原さんは悲観するばかりではない。旅を続ける中で、労働環境を変えていけば人材は増えるはずだと強く感じている。低賃金や人手不足など介護職の過酷な労働環境に声をあげる世界の同業者の姿にも励まされ、藤原さんとヘルパー仲間は今秋、介護保険法に基づくヘルパーの働き方が労働基準法を守れないものであるとして、国を提訴する予定だ。「ヘルパーは、たくさんの出会いのあるすばらしい仕事。決してつらいばかりではない。旅で得た知識や人との出会いをエネルギーにし、少しずつ労働環境を変え、介護業界で働きたいと思える人を増やしていけたらうれしい」と話した。【石山絵歩】

石山絵歩

外信部記者。1984年生まれ、2008年に毎日新聞社入社。岐阜・愛知県警、東京地検担当を経て、東京地・高裁で刑事裁判を担当。事件取材の傍らで、経済連携協定(EPA)によって来日したフィリピン・インドネシアからの看護師、介護士候補生などを取材。18年9月~19年5月、フルブライト奨学金ジャーナリストプログラムでUSCに在籍し、家事労働者について研究。

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