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「河」に魅せられた人々

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劇作家・土屋清の世界/6 「きのこ会」発足に尽力した父、閃光を浴びた母 /広島

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原爆ドームそばにある被爆詩人・作家の原民喜の石碑。大牟田聡さんは「家に全集があり、父に勧められて作品を読んだ」と懐かしむ=広島市中区の平和記念公園で、元田禎撮影
原爆ドームそばにある被爆詩人・作家の原民喜の石碑。大牟田聡さんは「家に全集があり、父に勧められて作品を読んだ」と懐かしむ=広島市中区の平和記念公園で、元田禎撮影

原爆報道の“支流”継ぐ 原民喜愛好家 大牟田聡さん

 毎日放送(MBS、大阪市)業務監査室長の大牟田聡(さとる)さん(56)=大阪府豊中市=は広島市出身で、市立基町高校から広島大に進学し、MBSに入社した。ディレクターやプロデューサーとして原爆や大災害の報道に長く関わり、2014年には特集「映像’14 被爆を語るということ」で、関西を拠点にした優れた報道活動に贈られる「坂田記念ジャーナリズム賞」を受賞した。ジャーナリズムの世界に飛び込んだのは、新聞記者だった父と兄の影響でもあった。

 中国新聞社の記者だった父稔さん(01年に71歳で死去)は、胎内被爆による原爆小頭症患者とその家族で作る「きのこ会」発足に関わった。国は当初、小頭症と原爆の因果関係を認めなかったが、稔さんは他社の記者と国を動かす道に奔走した。きのこ会の取材を申し込まれると、ジャーナリストの立場を離れて事務局として支え、資料提供を含めて他社に全面協力。そして1967年、小頭症は原爆症として認定された。

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