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阪神大震災は来年1月で25年が経過する。この間、災害対策はどう進み、どんな課題が浮かび上がったのか。また、今後の巨大災害にいかに備えるべきか。各分野の専門家らに聞いた。

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阪神大震災25年/3 田中保三 NPO法人 まち・コミュニケーション理事

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NPO法人まち・コミュニケーション理事の田中保三さん=神戸市で、渡辺諒撮影
NPO法人まち・コミュニケーション理事の田中保三さん=神戸市で、渡辺諒撮影

 都市部を最大震度7の地震が襲った阪神大震災は、復興が大きな課題となった。大規模火災に見舞われた神戸市長田区御蔵通(みくらどおり)で震災後の町づくり協議会長を務めた田中保三さん(78)は、ボランティアの受け入れ団体も設立するなど地域再生に奔走した。田中さんに、当時の様子や反省点を聞いた。【渡辺諒】

町に人戻る再興へ

 ――震災があった1995年1月17日の朝は家にいたのですか

 神戸市須磨区にある自宅の1階の仏間で、午前5時半ごろから日課の体操をしていた。急に下から突き上げられ、ジェット機が墜落したかと思った。その後、上下の動きに横揺れも加わり、四つんばいを保つのがやっと。初めて地震と認識できた。大きなブラウン管のテレビが飛び出したり、200キロ近い重さのピアノが動いたりと、信じられないような光景を覚えている。

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