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常夏通信

その9 仮埋葬地を歩く 今も都内に眠る? 1万人以上の犠牲者たち

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東京都慰霊堂。関東大震災の犠牲者の遺骨を納めるために建てられ、その後東京大空襲などの被害者の遺骨約10万5000体が納められている=東京都墨田区横網2で2019年9月1日、栗原俊雄撮影
東京都慰霊堂。関東大震災の犠牲者の遺骨を納めるために建てられ、その後東京大空襲などの被害者の遺骨約10万5000体が納められている=東京都墨田区横網2で2019年9月1日、栗原俊雄撮影

 前回(その8)見たように、「戦災殃(おう)死者改葬事業始末記」(財団法人東京都慰霊協会編・1982年、以下「始末記」)は、第二次世界大戦における東京の戦災死者は8万9430人、仮埋葬地を71カ所としている。

 しかしこの数字には疑義がある。

 まず死者数だ。1945年3月10日の東京大空襲だけでも、死者は10万人に及ぶとされる。「始末記」の9万人弱は、それより1万人以上少ない。

 東京には敗戦までに100回以上の空襲があった。東京大空襲は主に東京の東部、隅田川沿岸が被害に遭ったが、前回見た仮埋葬地の場所から分かる通り、都の中央から西部、たとえば現在の港区や大田区なども甚大な被害に遭った。そして「始末記」の死者数は、東京大空襲以外のこれらの空襲も含まれている。死者の総数は10万人を大きく上回っただろう。

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