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自宅で最期を迎える人と家族、支える訪問診療医を撮ったドキュメンタリー映画「人生をしまう時間(とき)」

小堀鷗一郎さん(左)は診療がない日も患者の家を訪れる(C)NHK

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 どこで誰と、どのように最期の日々を過ごすのか、そして今をいかに生きるべきか――。在宅医療やみとりの現状を映し出すドキュメンタリー映画「人生をしまう時間(とき)」(2019年)は、そんな自問を一人一人に促す。「人柄にひかれてカメラを回すことを決めました」。下村幸子監督がそう語るのは、小説家で医師でもあった森鷗外の孫で、訪問診療医でみとりにも携わる小堀鷗一郎(おういちろう)さん(81)のことだ。【西田佐保子】

圧倒された訪問診療の現場

 堀ノ内病院(埼玉県新座市)訪問診療チームに下村監督が密着したNHK BS1スペシャル「在宅死 “死に際の医療”200日の記録」。18年6月に放送されて反響を呼び、19年2月にはNHKスペシャルにもなった。それに、新たなシーンを加えて再編集したのが「人生をしまう時間」だ。

 「テレビで見た方は、きっと全く違う印象を持つはずです」と下村監督。在宅医療の現状やコメントを挿入することで「自分が何を伝えたいか」を明確化したテレビとは異なり、映画ではナレーションを排した。「患者さんと先生のやりとりを含む、カメラの前で繰り広げられる場の空気感をそのまま伝えたかった」

 「おもしろい先生がいる」。東大病院の名外科医で、退職後に67歳で堀ノ内病院の訪問診療医となり、終末期医療に携わる小堀さん。その話を先輩プロデューサーに聞き、早速、会いにいって往診に同行した。軽自動車のハンドルを自ら握り、さまざまな境遇の患者を訪れる小堀さん。患者だけでなく介護者の心のケアも担う。「そこで繰り広げられていた世界に圧倒されました」

 外科医時代は「職人的なところに走りすぎていた」と反省を口にし、「一人一人の患者さんに対して興味を持つことが(日々の)モチベーションになっている」と明かす人柄にもひかれ、気付くとカメラを回し始めていたという。

理想的な在宅死だけではない

 下村監督は17年8月から18年3月の間に、64人の患者とその家族を取材した。彼らと信頼関係を築くことなくして、この作品は完成しなかった。映画に登場するのは、妻を介護する夫、父を介護する娘、娘を介護する母などさまざまだ。「患者さんをとりまく親子や夫婦、家族など、さまざまな人間関係のそれぞれの『命のしまい方』を撮ろうと思いました。見る人がどこかに共感する部分を見つけてほしかったからです」。誰もが、最期を自宅で迎えられるわけではない。「在宅死は素晴らしい、家族がいればできますよ、という映画を作りたくはありませんでした。うまくいくことも、うまくいかないこともあります」

「人生をしまう時間」の一場面(C)NHK

 103歳の君子さんもその一人だ。介護する息子夫婦は70代。老老介護で心身共に限界だった。施設で暮らすことになった彼女が「私がいなければ皆が楽だというのは、わかっている」と話し、小堀さんが「それが分かるただ一人の103歳ですよ」と返すシーンがある。「あのような励ましの言葉をかけられる人はいません。小堀先生のそんな人格にほれました」と吐露し、「どのような言葉掛けをしているか、ぜひ見てほしい」と続けた。

 在宅療養を望む理由は「住み慣れたわが家で家族と一緒に過ごしたい」だけではない。金銭的な問題で施設に入所させることができず妻を在宅介護する夫もいれば、全盲の娘のために入院を拒んだ父もいる。後者が、末期の肺がんだった千加三さんだ。下村監督は「娘さんは、お父様が入院していたら、自由にお見舞いにも来られない。だからこそ、千加三さんは家で最期をという強い意志がありました」と話す。千加三さんは妻を自宅でみとった。「娘さんは、『今度は私の番だ』と話していました」

「人生をしまう時間」の一場面(C)NHK

 カメラは「医師の目を通した在宅医療やみとりの現場」を捉えるため、医師の背中がスクリーンに映り込むことが多い。その中で印象に残るのが、小堀さんを正面から捉えたショットだ。小堀さんと千加三さんとのやりとりは、患者と医師以上の、まるで古くからの友人のような関係にも見える。千加三さん臨終の際、親族も駆けつけ、娘と共に「頑張って」と次々に耳元で声を掛ける。その光景を小堀さんは俯瞰(ふかん)する。

 「医師は、目の前の命を助けるために医学を学ぶはずです。でも小堀先生は人工呼吸や心臓マッサージなどの蘇生術を施すことなく、最期を迎える患者と家族の姿をじっと手を組んで見つめる。医師としてとても勇気がいることだと思いました」

死について考えることが、今を生きることにつながる

 小堀さんは、病気だけでなく、その人が送ってきた人生も含め、患者を診る。「『何を言えば喜ぶのか』『何を大事にしているのか』を考えて接します。『死に向かっている方々が、いかにその人らしく最期の日々まで充実して生きていけるか、気持ちを寄せる医療も大切ではないか』と小堀先生はおっしゃっていましたが、私もその通りだと思います」。医術や薬による病気の完治を目的としない、一分一秒の延命を目指すよりも苦痛を軽減して穏やかに人が旅立つための「医療」がそこにある。「積極的な治療を行わずとも、小堀先生に声を掛けられて元気になる人もいました。人は言葉で元気になる。目の前で見て確信しました」

「前向きな気持ちで映画館を出てもらえるような作品にしたかった」と語る下村幸子監督=東京都渋谷区で2019年8月29日、西田佐保子撮影

 厚生労働省の人口動態統計によると、1951年に、自宅で亡くなった人の割合は82.5%、病院や診療所などの医療機関で亡くなった人は11.6%にすぎなかったが、76年にその割合は逆転。医療機関で亡くなる人の割合は減少傾向にあるものの17年は74.8%、老人ホームなどの施設では10.0%、グループホームを含む自宅では13.2%となっている。

 「昔は、人は家で亡くなり、葬式も家でしていました。でも今、死は私たちの日常から隔離されています」と下村監督。隠されているから、死を語ることがタブー視される。小堀さんは死と向き合えるよう、患者や家族に死について語る。「私たちが学べるものは多いと思います。死について考えることで、残された時間をいかに生きるかをリアルに考えられる。この映画がそのようなきかっけになるとうれしいです」


しもむら・さちこ 1993年にNHKエンタープライズ入社。番組制作現場で主にドキュメンタリーを手掛け、ディレクター、プロデューサーとしてNHKの番組を中心に「NHKスペシャル」、紀行番組、美術ドキュメント、教育番組などを企画制作。自らカメラを持って医療現場を取材したBSプレミアム「こうして僕らは医師になる~沖縄県立中部 病院研修日記~」が2013年度ギャラクシー賞選奨を受賞。18年6月放送したBS1スペシャル「在宅死 “死に際の医療”200日の記録」で、18年度日本医学ジャーナリスト協会賞大賞、放送人グランプリ2019奨励賞を受賞。今年9月に「いのちの終(しま)いかた『在宅看取り』一年の記録」(NHK出版)を出版した。

上映情報

【人生をしまう時間】

 21日(土)より、渋谷・シアター・イメージフォーラムにてロードショー、ほか全国順次公開

公式ウェブサイト :https://jinsei-toki.jp/

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